[]-21/親
「旭岳東陵」
オジサン

最初--ェ本をひたすら掘ると灌木が出てくるそれにランニングビレー取ってからピッケルを振り回してキノコの傘の端を壊してからそっと乗っかる・・・結局一時間半掛かってしまった、暗くなりかけてきたけど進まなければ見通しが立たない・・・ヘッドランプをつけて夜間登攀・・・更に一時間位したら稜線まで
三ピッチ位の所に出た稜線の向こうは風が強そうだったしOさんも大分疲れているようだったので、あまり良い場所ではなかったが斜面を整地してビバーグすることとした。両側は切れているがセルフビレーを取ってビバーグ。寒気と寝る体勢が悪くて辛かったと思いますが良い天気で朝を迎えた。
2月11日(日)残りのナイフリッジを登り稜線に出る。猛烈な風で立っているのが辛い・・・赤岳まで冷たい風に叩かれてラッセル、途中キレット小屋付近で振り返れば・・・「旭岳東陵」上部の「壁」の取り付きの辺りに5・6人の人影が見えた、文三郎を通り行者小屋経由で赤岳鉱泉に居るOさんと午後二時
半に合流することが出来た。
1983年の2月に「旭岳東陵」行った時の事はもう思い出すことが出来ません・・・少しはテクニック(軽量化等)の面では自分自身が成長しているのかな?・・・。でも(攀る)意志と愛情(入れ込み)は昔も今も同じだと思います。
-->続き

04/17 23:59
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