[]-19/親
「韓国・インスボン」(2003/10/23更新)
オジサン

最初--ゥら並んでいる。東京の高尾山、神戸の六甲山、大阪の生駒山といった感じだろうか。 資料では、都心(ソウル中心街)からもっともポピュラーな山の東側の登山口、牛耳洞(ウイドン)までタクシー、バスで1時間足らず、ただし交通の込み具合によると、どの案内書をみてもしっかり書いてあるので、いささか注意が必要だ。料金は、タクシーだとだいたい20000ウオン、バスだと500ウオンだ。20000ウオンといっても日本円では約2000円。公共料金は感心するほど安い。私達は例のTERRORISMの影響で、本当なんだとガックリしてしまったのだが、ガラガラの成田空港第一ターミナル(アメリカンとユナイテッドが入っているのだ)から出発して約一時間半のフライトの後、この3月にオープンしたばかりの仁川(インチョン)空港へ到着。そこからタクシーで大ソウル市を横縦断してウイドンへ向かった。ウイドン登山口では「トソンサ、トソンサ」と、そのほかの韓国語はほとんど分からないので、もっと先へ進むように告げる。バスはウイドン登山口が終点で、そこからは名刹のトソンサ(道+ごん偏に先+寺)への参道であり、この寺の送迎バスかタクシーで行くことになる。右手に白雲山(ペグンジャン)と看板をだした、RESTAURANTともあったように思う、湯屋(※お風呂)であるとか(帰りに立ち寄ったが、タオル付きで800ウオンだったかな)登山用品の店とか、弁当屋台とか結構にぎやかであった。寺に並んだ国立公園の登山口ゲートがあるロータリーまでタクシーに入ってもらった。インチョン空港から約2時間、料金は56000ウオン。60000ウオンを渡して、お釣りはほんの心付けだ。カムサムニダ。ゲートで1300ウオンの入山料を支払う。ここにも、食べ物やミネラルウオーターを売る屋台が並んでいた。最初は涸れた沢登り的?(自分が沢も歩くのでこう感じただけかも)な大きめのゴーロをぬったような登山道。石段を作ってあったり、登山道はかなり整備されているのだ。すでに夕方近くなので、下山者が多い。聞くと中高年者登山が盛んだという。シッカリと登山靴にハイソックス、ベストにキャップなんてのも、めだつ。こちらの人達も「こんにちは」とか挨拶するんだろうかなと思っていると、擦れ違うときに「アニマセオ」とか言っているのだ、ほんと。インスサンジャン(仁寿山荘)前を通り過ぎて、宿泊先のペグンサンジャン(白雲山荘)を目指す。ミズナラやクヌギの林の間から、インスボンがまさに巨大な岩としか言いようがない姿を現すと、まもなく山荘である。ゲートから約一時間の登りで山荘に到着した。石造りの基礎の上にログハウス2階建ての、立派な山荘である。 山荘前のベンチに荷物をおいて一休みだ。N師(私の先生)がニコニコしながら山荘に入っていく。「Nさん!」とすこし訛ったアチラ語風の、ちょっとビックリした様子の声が聞こえた。N師が次々と山荘の人達と抱き合ったり、握手をしたり。 まもなく分かったことだが、実はこの山荘は8年前に失火で消失し建て直しされたのだが、その時もN師はこの山で岩登りの最中、ザックやら何やら、全部燃えてしまったのだそうだ。5年ぶりだそうだ。この山荘所属のガイドのソーさんやマネージャーのリーさん(オーナーJR)とは顔見知りだったのだ。さらにオーナーのリーさんは来日したこともあって(パチンコが大好き)、N師は案内役を務めたそうだ。 私達は14日、15日の二日間、N師のリードで、インスボンを概念的に理解できるようにとクラシックなルートが集中する東面を登った。ウジョン(友情)BとショイナードB=クイバウィC(耳岩C)、これは2P残し。そしてインスB(仁寿B)。15日の午後は、頂上を上り詰めると正面に目にするペグンデ(白雲台)山頂から、「ヤッホー」(ほんとなんだから)と叫ぶ韓国青年子女の群に興味が移って?クライミングは中断。山荘から30分ばかりのそちら山頂で、北漢山の峰々と大ソウルの景観を楽しんだ。漢江が霞んで見えた。何のことはない、昼食時に、卑しくマッカリ(※現地の「濁酒」)を何杯か楽しんでしまったためなのだ。あはは、友好友好。ん?
朝7時頃に朝食(もちろん韓国家庭料理風、なぜかご飯2杯は軽い)をいただいて、午前中に一本。下降して山荘で、温かいソーメンとビールにチジミ(お好み焼き)の昼食。午後にもう一本の調子で登った。あちらでは、岩場は9時とか10時頃になると混んできたかなという感じで、ダアーと広いものだから(こんな言い方もないか)、一人がアタマを見せたなとなるとボコボコとヘルメットアタマが現れだすのだ。私達が小川山とかでやる、朝6時過ぎの岩場の場所争いは、ない。
さっきも言ったが、ルートがどうだったとか、どこをどう登ったとか、こんな私から聞いてもあまり役に立つことはないだろうから、登った時の感じをほんの少しだけお話しましょう。 フリクションはいい。いい加減な靴だと負けてしまう。ピンは、遠い。クラックはNP。私達は#4を一個いれて、マイクロフレンズから#3まで2セット用意した。一つ一つのピッチはかなり長い。登ったルートはスラブから連続したチムニーやクラックになるルートなのだが、1P30mとか40mとか、ずっとバックアンドフットが続いたりする。それも開始点から数ピッチ登ってからね。集中力の維持と体力、それからヒェーという悲鳴の美しさ?
終了後の下降は一旦頂上を踏んで西面から、真っ白なペグンデを背にして、ほんとうに高度感いっぱい、開放的なラッペル(※懸垂下降)となるのだが(ラッペルの支点までが怖いと言えば怖い)、ロープは、私達は10.5の50mを二本用意した。それでも降り方ではギリギリの長さかも。2Pの下降。最後のピッチではまっすぐ上方を見上げること。空が晴れていたら言うことはない。まっすぐに天空から下降している気持になれる。
以下資料から。
・ウジョンB 4P105m  1P:20m 2P:20m 3P:35m 4P:30m
           グレード:5.9 クラックルート NP 1/2 to 2
・ショイナードB 5P177m 1P:35m 2P:37m 3P:25m 4P:40m
           5P:40m グレード:5.8 クラックルート
・インスB  3P97m 1P:37m 2P:30m 3P:30m
   グレード:5.8 チムニー&クラック NP 1/2 to4
インスB最上部でトラバースをしているときに、耳岩基部で休んでいたウィデギル(医大ルート)を登ってきたアチラ中年クライマー達から、日本語で「ムツカシイデショ」と声がかかった。そちらがムツカシイデショね、大将。こんどはハングルを覚えていこう。友好友好。
また行こう。次はミョンドン(明洞)でのお食事もしたいね。以前、豚ロースの焼き肉が最高だったからな。トンデモン(東大門)市場の山道具屋群へは平日に行ってみたいね。現地の人がどんな買い方をするのか、見学したいよ。パッパと電卓をたたいて「サーテェファーブ・パセント・ディスカウント」。5.10のフラットソールが7000ウオンだったよ。「マツタケ・マツタケ」と繰り返す日本人(とは分かっていただろう)を一生懸命歩いて、尋ねて、定食屋へ案内してくれたオニイサン。人情とクライミング。
アニョマセオ。(サヨナラの時にも言うのだそうだ。)(2001/10/10 U 記)

第┃ 107┃回┃インスボンから帰ってきました(2002/9/24 )<長文>
二度目の仁寿峰 2002 912〜17
今年も、仁寿峰ツアー、9月12日から17日まで行われ、二回目の参加となりました。参加者は、リーダーの新保さん、今回はじめて参加のまたクライミング暦一年でが・・・・どこでも登ってしまう頼りになるチョンミア(韓国語での彼女の呼び名) と三人でした。
一年ぶりの韓国は、滞在中曇っていて、時折風も強く、寒いクライミング日和となりました。けれど、4日間のクライミングは、連日1本、本数が少なかったとはいえ、充実した内容でした。去年参加して登ったルートをはずして、初めてのところばかりだったこともあり、日曜日以外は韓国クライマーも少なかったので難しいルートも後続パーティーに追われることなく、登れたのが良かったです。
国立公園に入って40分後、仁寿峰の最高ビューポイントの地点から、あの見事な岩山をほとんど見ることが出来なかったのには、今回の天気の悪さを感じて、少なからずショックでした。チョンミアの歓声を聞きたかったのに・・・・・。ほとんど同じ頃の去年は、連日の晴天だったのに。
初日、夜中に降った雨の乾きをまって午後の登り出しとなりました。韓国クライマー人気?1の「医大ルート(ウディキル)」150m5ピッチ 10d一部A0.・・・なぜ人気かというと、美しく、すくっと立っていてほとんどスラブの世界・・・・だという。去年、韓国クライマーのスクール生が取り付いているのをみて、あんな立っているスラブを登るなんて!!と感動して見ていたルートです。
やはり怖かった!!  インスボンの10Aのスラブは、しびれました。ここは、日曜日には、わんさか韓国クライマーの青年団が押し寄せ、怒鳴りあっている場所ですが、その日は、誰もいなかったのが幸いでした。とにかく彼らは、上、下で大きな声で喋り捲っているのが特徴です。韓国語の語調からか、私には、まるで怒っているように聞こえてなりません。その賑やかさは、日本人クライマーとは、対照的です。けれど日本人クライマーには大変優しく、友好的だと思う場面が幾つかありました。
二日目の・・・「クローニーキル」 225m8ピッチ・・・最も長いルートで、ルートを間違えたため、難しい10Aのスラブをやっとの思いでビレイ地点に近づいた時、近くにいた若きクライマーが親指をたてて、何度もやったね!のサインをくれました。私は、(゜゜)を引きつらせて登っていたらしい・・・・・新保さんの話。こういうのってすごく嬉しいですよ。もちろん支点に着いたとき「アンニヲハセヨ」って余裕・・・の?の笑顔で声をかけました。
三日目・・・・日曜日でクライマーは、どっと増えた上、少々お疲れモードとお天気の心配もあって、短い、「ソーミョンスラブルート」のバリエーションルート「ファンタジーエクスプレス」 75m、3ピッチにしました。ここは下降ルートになっているので昼過ぎるとすだれのようにロープが下ろされしかも容赦なく頭上から落とすんです。日本では、考えられない激しさです。ここでも後続に韓国クライマーがドンドン押し寄せ、トップのリーダーが私の立つ支点に来たとき、ハングル語で声をかけてきて、答えられないのをみて「イルボン?」と確認。もっと言葉は長かったのですが、それだけ聞き取れたので思わず「イエス」などと答えたりして・・・・。でもそのリーダーが下にいる仲間に「このルートを日本人が登っている」といったかどうか、怪しいのですが下から、歓声と拍手が沸き起こ -->続き

04/17 23:39
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