[]-19/親
「韓国・インスボン」(2003/10/23更新)
オジサン

最初--、これは2P残し。そしてインスB(仁寿B)。15日の午後は、頂上を上り詰めると正面に目にするペグンデ(白雲台)山頂から、「ヤッホー」(ほんとなんだから)と叫ぶ韓国青年子女の群に興味が移って?クライミングは中断。山荘から30分ばかりのそちら山頂で、北漢山の峰々と大ソウルの景観を楽しんだ。漢江が霞んで見えた。何のことはない、昼食時に、卑しくマッカリ(※現地の「濁酒」)を何杯か楽しんでしまったためなのだ。あはは、友好友好。ん?
朝7時頃に朝食(もちろん韓国家庭料理風、なぜかご飯2杯は軽い)をいただいて、午前中に一本。下降して山荘で、温かいソーメンとビールにチジミ(お好み焼き)の昼食。午後にもう一本の調子で登った。あちらでは、岩場は9時とか10時頃になると混んできたかなという感じで、ダアーと広いものだから(こんな言い方もないか)、一人がアタマを見せたなとなるとボコボコとヘルメットアタマが現れだすのだ。私達が小川山とかでやる、朝6時過ぎの岩場の場所争いは、ない。
さっきも言ったが、ルートがどうだったとか、どこをどう登ったとか、こんな私から聞いてもあまり役に立つことはないだろうから、登った時の感じをほんの少しだけお話しましょう。 フリクションはいい。いい加減な靴だと負けてしまう。ピンは、遠い。クラックはNP。私達は#4を一個いれて、マイクロフレンズから#3まで2セット用意した。一つ一つのピッチはかなり長い。登ったルートはスラブから連続したチムニーやクラックになるルートなのだが、1P30mとか40mとか、ずっとバックアンドフットが続いたりする。それも開始点から数ピッチ登ってからね。集中力の維持と体力、それからヒェーという悲鳴の美しさ?
終了後の下降は一旦頂上を踏んで西面から、真っ白なペグンデを背にして、ほんとうに高度感いっぱい、開放的なラッペル(※懸垂下降)となるのだが(ラッペルの支点までが怖いと言えば怖い)、ロープは、私達は10.5の50mを二本用意した。それでも降り方ではギリギリの長さかも。2Pの下降。最後のピッチではまっすぐ上方を見上げること。空が晴れていたら言うことはない。まっすぐに天空から下降している気持になれる。
以下資料から。
・ウジョンB 4P105m  1P:20m 2P:20m 3P:35m 4P:30m
           グレード:5.9 クラックルート NP 1/2 to 2
・ショイナードB 5P177m 1P:35m 2P:37m 3P:25m 4P:40m
           5P:40m グレード:5.8 クラックルート
・インスB  3P97m 1P:37m 2P:30m 3P:30m
   グレード:5.8 チムニー&クラック NP 1/2 to4
インスB最上部でトラバースをしているときに、耳岩基部で休んでいたウィデギル(医大ルート)を登ってきたアチラ中年クライマー達から、日本語で「ムツカシイデショ」と声がかかった。そちらがムツカシイデショね、大将。こんどはハングルを覚えていこう。友好友好。
また行こう。次はミョンドン(明洞)でのお食事もしたいね。以前、豚ロースの焼き肉が最高だったからな。トンデモン(東大門)市場の山道具屋群へは平日に行ってみたいね。現地の人がどんな買い方をするのか、見学したいよ。パッパと電卓をたたいて「サーテェファーブ・パセント・ディスカウント」。5.10のフラットソールが7000ウオンだったよ。「マツタケ・マツタケ」と繰り返す日本人(とは分かっていただろう)を一生懸命歩いて、尋ねて、定食屋へ案内してくれたオニイサン。人情とクライミング。
アニョマセオ。(サヨナラの時にも言うのだそうだ。)(2001/10/10 U 記)

第┃ 107┃回┃インスボンから帰ってきました(2002/9/24 )<長文>
二度目の仁寿峰 2002 912〜17
今年も、仁寿峰ツアー、9月12日から17日まで行われ、二回目の参加となりました。参加者は、リーダーの新保さん、今回はじめて参加のまたクライミング暦一年でが・・・・どこでも登ってしまう頼りになるチョンミア(韓国語での彼女の呼び名) と三人でした。
一年ぶりの韓国は、滞在中曇っていて、時折風も強く、寒いクライミング日和となりました。けれど、4日間のクライミングは、連日1本、本数が少なかったとはいえ、充実した内容でした。去年参加して登ったルートをはずして、初めてのところばかりだったこともあり、日曜日以外は韓国クライマーも少なかったので難しいルートも後続パーティーに追われることなく、登れたのが良かったです。
国立公園に入って40分後、仁寿峰の最高ビューポイントの地点から、あの見事な岩山をほとんど見ることが出来なかったのには、今回の天気の悪さを感じて、少なからずショックでした。チョンミアの歓声を聞きたかったのに・・・・・。ほとんど同じ頃の去年は、連日の晴天だったのに。
初日、夜中に降った雨の乾きをまって午後の登り出しとなりました。韓国クライマー人気?1の「医大ルート(ウディキル)」150m5ピッチ 10d一部A0.・・・なぜ人気かというと、美しく、すくっと立っていてほとんどスラブの世界・・・・だという。去年、韓国クライマーのスクール生が取り付いているのをみて、あんな立っているスラブを登るなんて!!と感動して見ていたルートです。
やはり怖かった!!  インスボンの10Aのスラブは、しびれました。ここは、日曜日には、わんさか韓国クライマーの青年団が押し寄せ、怒鳴りあっている場所ですが、その日は、誰もいなかったのが幸いでした。とにかく彼らは、上、下で大きな声で喋り捲っているのが特徴です。韓国語の語調からか、私には、まるで怒っているように聞こえてなりません。その賑やかさは、日本人クライマーとは、対照的です。けれど日本人クライマーには大変優しく、友好的だと思う場面が幾つかありました。
二日目の・・・「クローニーキル」 225m8ピッチ・・・最も長いルートで、ルートを間違えたため、難しい10Aのスラブをやっとの思いでビレイ地点に近づいた時、近くにいた若きクライマーが親指をたてて、何度もやったね!のサインをくれました。私は、(゜゜)を引きつらせて登っていたらしい・・・・・新保さんの話。こういうのってすごく嬉しいですよ。もちろん支点に着いたとき「アンニヲハセヨ」って余裕・・・の?の笑顔で声をかけました。
三日目・・・・日曜日でクライマーは、どっと増えた上、少々お疲れモードとお天気の心配もあって、短い、「ソーミョンスラブルート」のバリエーションルート「ファンタジーエクスプレス」 75m、3ピッチにしました。ここは下降ルートになっているので昼過ぎるとすだれのようにロープが下ろされしかも容赦なく頭上から落とすんです。日本では、考えられない激しさです。ここでも後続に韓国クライマーがドンドン押し寄せ、トップのリーダーが私の立つ支点に来たとき、ハングル語で声をかけてきて、答えられないのをみて「イルボン?」と確認。もっと言葉は長かったのですが、それだけ聞き取れたので思わず「イエス」などと答えたりして・・・・。でもそのリーダーが下にいる仲間に「このルートを日本人が登っている」といったかどうか、怪しいのですが下から、歓声と拍手が沸き起こって、私は、思わず下に向かって「ハーイ」と笑顔で手を振ったりなどしてしまったのです。考えられないことですが。彼らは、その支点から易しいルートを登り、上部で再び合流、そのリーダーと身振り手振りの交流となり、すごいガスのため周囲が真っ白になった時も、後ろを見ろと声をかけてきたり、私は、「ワオー」などと驚いたり、次のピッチのクラックの登り方を私に教えてくれる等、岩場で短時間ながらあの先生?に親しみすら感じました。 
交流といえば、今回、宿泊したペグンサンジャンの小屋では毎晩現地クライマーの「徐 徳漢氏」、「金 基泰氏」オーナーのご子息の「李 建氏」も加わってスペシャル焼肉とお酒で宴会が開かれ、ハングル語、日本語、英語の中で親しく交流がもたれたことは、本当に楽しかったでした。
最終日は、今回の中では一番易しかった「インスB」100m3ピッチ、いくらか仁寿峰のスラブにも馴染んで快適でした。
馴染んだといえば、今回滞在期間も長かったので、ヨーグルトを薄めた感じの軽いお酒の「マッコリー」とお好み焼きをうすーくした「ちぢみ」は、すっかり大好物になりました。 小屋で休憩する韓国のハイカー達にも愛飲されており小どんぶりで、ごくごく飲むあののど越しは、すっかり私のものになりました。
帰国の日、韓国空は、晴天になりました。「徐 徳漢氏」と彼の友人クライマーであり、カメラマン(かなり有名な方らしい)と一緒に下りましたがあのビューポイントで、見事に映える仁寿峰をバックに、一流カメラマンによる記念写真をパッチリ撮っていただけたことは、幸いでした。新保さん、チョンミア有難うでした。  H記 

第┃ 139┃回┃  『冬教室参加者募集中』(2003/10/21)
●インスボン感想をいただきました。
インスボン・クライミングの1日目(10月5日)を終えて、白雲山荘に戻る下山道で、突然、「私のクライミングは今日から始まった」という気持ちになった。
山登りを始めて一年半、岩での練習は昨年9月から。これまでに日和田山、幕岩のゲレンデ練習を合計10回くらい。あと、小川山、二子山、三つ峠でのマルチピッチ体験。リードはやったことがない。こんな私にとって、「岩」とは、岩稜歩きに備えての練習という位置付けだった。
それが、インスボン1日目で、パッと目の前が開けたのだ。「岩を登ってピークに到達する山」が、私の中にしっかりとインプットされた。北岳バットレス、一の倉沢・・・。遠くから眺めるだけのこうしたルートを、いつか登れるように、そのために、人工壁もゲレンデもマルチピッチも練習しよう。今、そういう気持ちだ。

インスボン(韓国で漢字表記すれば仁寿峰)は、スラブと長いクラックと、深くて広いチムニーの連続だ。スラブは小川山よりずっと粗い花こう岩で、ファイブ・テンのアナサジがよく効く。足裏に微妙なざらざらを感じ、フリクションの効きが実感できる。「ここなら大丈夫そう」と思ったところで立ち込めば滑らない(と思う)。ただ、1日目に登った「友情B」の最後の「狸の腹」は、相当登りこまれているためか、あるいは、足の力を使い果たしてしまったせいなのか、ぬるっとした感じでてこずった。粗い花こう岩は、手指の効きも思ったよりも良かった。

クラックは、深さがあって、手を入れるとどこまでも入ってしまう。手よりもフットジャムの出番の方が多かった気がする。
チムニーはとにかく、長い。1日目の友情(ウジョン)Bにしても2日目の仁寿(インス)Bにしても、1ピッチまるまるチムニーだけと言ってもいいほどの所もあった。チムニーと思って早々と体を入れて、ズリズリと登ったが、疲れた。ぎりぎりまで普通に登って、最後に体でズリズリというのがいいのかもしれない。

スラブ、クラック、チムニーのうち、一番てこずったのがクラックだった。あまり経験がないためだが、インスボン対策には、クラックの練習を積んでおくのがいいのだろう。
インスボンで驚いたのは、韓国の人たちのパワーと歩きのバランスの良さ。インスボンの隣の白雲台という峰は、日帰りのハイキングコースとして親しまれている。ここがけっこうな岩場。頂上へは手すりや階段があるが、いくつかある道は、5・6くらいははありそうな斜面だ。そこを、ハイキングシューズですたすたと登り下りしてく老若男女。怖さ知らずのキムチパワーだ。
友情Bからインスボンピークを踏み、懸垂下降のスタート地点に徒歩でおりたが、私たちはロープを張って、セルフビレイをとりながら、慎重にトラバース、下降した。韓国の人たちは、懸垂地点までセルフビレイもとらず、平気ですたすたと歩いている。下りが苦手な私は、お尻でずりずり下りたいくらいなのに。
穏やかな稜線歩き、松葉のじゅうたんの上を進む樹林帯歩きから始まる日本の山と違って、韓国の山は岩山が多く、「山歩きと=岩歩き」のため、みな岩歩きが上手になるのだろう。以前にソラクサンのスキー場の視察に行ったことがあるが、ここも岩山だった。

インスボンで2日間、クライミング三昧をした結果、どのくらい岩に慣れて上手にの登れるようになったのかは、私にはわからない。でも、少なくとも、岩が楽しく、岩をやりたい、という前向きな気持ちになった。ちょっぴりだが、自信もついた。が、自信が過信とならないように、いさめなければならない。
というのも、セルフビレイのとり方、懸垂下降のためのロープワークなどでの手際の悪さが目立ち、仲間の手を借りたり、時間がかかったりした。とても恥ずかしかった。登る技術よりも、まずは、ロープの扱いを確実に自分のものにしないと、話しにならない。
自分に欠けていること、今、身に付けなければならないことが、くっきりと浮かび上がり、課題が明確になった。それだけでも、インスボンに行った値があったと思う。小屋での生活(衣食住)は快適。格安。
下山後のお風呂で、あかすり・エステも最高。すみずみ洗ってもらって、シャンプーもしてもらって、マッサージも少々。ざっと一時間で2000円。洗顔のあとの顔に甘いヨーグルトを塗ったのには驚いたけれど。
「韓国クライミング体験とエステの旅」なんていう触れ込みで募集したら、女性がいっぱい参加するかも。
来年また、参加したい。そのために、毎月、積み立てをすることにします。(H記)
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04/17 23:39
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