[]-16/親
「アクシデント」更新2003/1/17
オジサン

最初--助の依頼が入ったとか、又はマスコミ等で「遭難」として報道され「遭難」が既成事実化した場合などは此に当たります。
山岳会"M"の会員が悪天候のため下山予定を一日オバーして、ビバークの後自力下山をしたことが有ります。下山予定が来たのに連絡が無いので「家族」が「警察」に相談した結果、(警察が家族に)捜索願を出させて現地県警が「遭難」として動き、結果としてマスコミに「遭難」報道がされたことがあります。家族から「会」の方に連絡が取れなかったので、警察が相談相手に担ったため、「山」の素人がすべてを判断してしまい、会が気づいたときは「民間協力隊」・へりが動いてしまっている状況で当然マスコミに「遭難」で流されてしまった後です。この時は下山予定日から6時間経過しないうちに警察に「捜索願」が出され動き出しているわけですが、新聞沙汰になったため「保険」の対象になりました。(保険会社とやり合っています)
「家族」は一番の相談相手は「警察」になるのは通常ですが「山」の場合、警察は素人でしか有りません。山に入った本人達は自力下山したにもかかわらず、回りに多大の「迷惑」をかけてしまい・・・「山」にいけない環境になってしまいました。「悪天候」で下山が遅れたというのは下界の人には「理由」になりません。特に勤めている人にとっは「無断欠勤」というのは「理由」を問わず「反社会」的な事ですので、会社・家族には「会」の方から事情を説明してあげる必要があります。
欧米のように「山」に入る人たちに「サー」を付けて「冒険」するチャレンジャーとして尊敬・敬うという土壌がない日本の場合は「迷惑」をかけたということなのです。・・・
ところで、昨年あれ程騒いだ「Y2K問題」・・・今年はマスコミはあまり騒いでいませんね・・「Y2K問題」とは、コンピュータ西暦2000年問題の略称で、2000を意味する「2kilo」と年の「Year」を組み合わせたもの。なぜいまさらこんな話をと思われるかもしれませんが、実は間もなく訪れる「世紀越え」の瞬間にも、同様の問題が起きうる可能性があるのです。「うるう年問題」と呼ばれるものがそれです。ご存じの通り、うるう年は暦のずれを調整するため、4年に1度設けられます。しかし、実際にはさらに細かな調整が必要なため、100で割れる年は、うるう年にしないという決まりがあります。だが、さらにややこしいことに、100で割れても400で割れる年はうるう年という取り決めがあるため、結局のところ西暦2000年はうるう年となるのです。このうるう年の法則は「Zellerの公式」と呼ばれているそうです。Y2K問題はプログラマの常識だったのですが、このややこしい法則をどれだけの人が理解していたか? 2000年のうるう日付処理を勘違いしたプログラマが作ったプログラムは、Y2K問題を抱えた機械同様に誤動作してしまう。「Y2K問題」よりも極めて危なっかしいのがこの「うるう年問題」だと言い換えることはできないでしょうか?実際、うるう日であった今年の2月29日に多くのトラブルが発生したことを記憶されておられる方も多いはずです。既にうるう日に発生したトラブルで、ほとんどの対策は取られたはずですが、この年末年始が「危険日」であることに違いはないです。この日に何が起こるかは誰にも予想できない・・・。町でも山でも何が起こるかわかりませんね・・・

第┃ 17┃回┃「ゴウロクゴウセツ」(2001/1/9)
 昭和56年の時、「豪雪」で電車は止まり、車道は通行止めになり交通機関が全滅の時がありました。俗に「56豪雪」(ゴウロクゴウセツ)と呼んでいます。大体十年おきぐらいにこの現象は起きているようで今年が20年目に当たります。
穂高の前穂北尾根の「Sさん親子+女性」のパーティからU氏に救助連絡が入り急遽現地入りしました。結果として東邦航空のヘリのピックアップで収容され、何はあれホッとしました・・・現地で見・感じたことを書いてみます。
長野県警豊科署の対応ーあまり期待していなかったのですが感心しました。(豊科警察に詣でするのは十何年ぶりでしょうか・・・私の先輩の死亡事故以来です)
当初は、Sさんの件で動いた(上高地に10人入った)のですが、同時多発遭難でヘリ主体に切り替えたようです。東邦航空(中部山岳地帯の荷揚げなどを請け負っていますが、山岳事故の専門で吉尾さんの事故などでも活躍をしてもらっています)を全面的に信頼してました。
「マスコミ」対応は完璧!!
Sパーティは「中学一年生」が居ると言うことがあり、収容されるまではマスコミには明確にしないで押し通し、救助メンバーには「子供のことは伏せている」と明確にしマスコミ対応に注意を喚起してくれ、同行の女性のご両親にマスコミには「よくわからない」、「県警に聴いてくれるよう」との対応を指導してくれました。
Sパーティーの状態
北尾根五・六峰のコルから悪天候で撤退するときに六峰の下りを奥又側に間違って入り気がついてトラバースをしたが、雪の状態が悪く(女性が滑落する等アクシデントがありーザックが重い為?)割と安全なところで露営し、悪天候に捕まって、動けなくなった・・・ようです。
本人たちの力量は私はよくわからないのですが、U氏が講習などで(S親子を)指導をしていたという関係はあります。
下におろされた装備類を整理していて今回の遭難のポイントは「重さ」だなと思いました。三人パーティが食料を食いつぶして下山してきたのですが、それにしてはザックが「重い」とおもいました、ザックを開けて驚いたのは「シュラフ」が水浸しで凍っていました、此では冷蔵庫の中に体を入れているような状態です。「凍傷」の心配をしましたが幸いそれほど酷くなかったようです・・・「女の子」の装備が異常に重かったです。「北尾根」を登る装備?と言う物もあり・・・「ハイカー」の延長上の装備に近いと言ってよく、悪天候からの撤収ですからスピード命なのですがこの重さが致命的になったと思います。
気がついた事を羅列します。
★全身用の「エアーマット」(一人分有り・他は普通のマットですー軽量化するとどうしても銀マットなってしまいますが、山行が長い場合は「エンソラマット」(注・)が良いようです嵩張りますがエアーマットより優れていると思います)は、定着ならともかくも重く嵩張りますし、結構パンクします。大きさは「全身用」の2/3で十分です。(もっとシビアになるとザックを轢いて終わりと言うこともありますが・・・)
☆三人ともゴチャゴチャしたザックで重い。(シンプルなザックが無くなっていると言うことがあるのですが・・・「人間工学に基づく」背負いやすいザックとか謳歌されていますが逆に重くなってしまいます)
★アウターウェアが今風の「重い物」で暖かいのだけど「ラッセルしたら暑くて、体を濡らします」、アンダーウェアがどんなに良くても悪天候の山行だとインナーウェアーがなかなか乾かないです「重ね着」の原則が大切だと思います。
☆エイト環とATCを併せて持っているetc.「軽量化?」。(二人)
★ナイフをナイフ用の「フォルダー」に入れていてザックに入れていた。「ナイフ」はホルダーなんかに入れずすぐ取り出せるように身に付ける事ェ大事だと思います。(一人)
☆夏山で、はやっている「簡易ビニール」水筒(一人)、3000mクラスの冬山では簡易ビニール水筒は開口部が狭いのですぐ氷ってしまうので「不適切」です。
0.5Lのペットボトル(二人・ペットボトルの開口部が大きい物は割と使えますが・・・現在大きめの開口部のペットボトルはほとんど無くなっています)はどれも開口部が小さくすぐ凍りやすい。
★ 冬山用「暖かハット」(三人、その上に「ヘルメット」をつけていたようです)ヘルメットを使うので有れば「目出帽」で十分です。(あとはネックフリースを併用すれば便利ですね)
★ ☆フリース手袋(見かけは派手で暖かそうなのですが)が主体で毛糸ののは少なかった、ミトン等は皆無・・・。私も以前使ったことはあるのですがシルクの手袋などはあまり暖かくない・・・アウトドアーで使うには良いのですが冬山ではあまり使えないように思います。
★二人のシュラフカバーが「エントラント」の様な物(・)で此は中から蒸れます。ゴアテックスがベストなのですが、残りの一人はゴアテックスなのですが「モンベル」の裏地が起毛している物で一見暖かそうなのですが濡れると良くないです・・・ビバーグが上手くいかなかったようです。(最終的には雪洞ビバーグでしたが濡らさない工夫が大切ですね、長いとどうしても濡れてしまいますがチョト異常に濡れていました。)
軽量化していればもっとスピードがあったと思います。「山」をやっていれば「イケイケスタイル」になりますし、単に登れればよいという形になりやすいのですが・・・「山岳会」が教育の場でなくなり、「パートナー」を求める場に成っているように感じます、又、「情報」が容易に手に入ります。いざ自分がやるときはイ{的な事柄が疎かになっているように感じます。「実践」と「理論」のパラレルな関係が無くなっているように感じます・・・でも三人は帰ってきました。此からです・・・
年始に事故で亡くなられた方の冥福をお祈りします。
以下(注)
・エンソラマット
柔らかい発砲スチールの様な素材(エンソラ)を使ったマット
・シュラフカバーがエントラントの様な物 
「エントラント」は通気性を作るのにアウターに塗る(コーキング)膜の一つです。その膜がエントラント(製品名)と言うものです。(膜には科学的に穴が空いています。ゴアの穴より小さいので通気性は悪いで -->続き

04/17 20:09
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