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Nomal 「韓国・インスボン」(2003/10/23更新) /オジサン (02/04/17(Wed) 23:39) #19


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■19 / 親階層)  「韓国・インスボン」(2003/10/23更新)
□投稿者/ オジサン -(2002/04/17(Wed) 23:39:12)
    第┃ 38┃回┃課題「韓国・インスボン」(2001/5/18)
    > INSUBONG、興味あり。どんな具合になるのか情報をください。
    四日間の場合。
    朝、日本の成田を出発します。2時間位でソウルの金浦空港に着きタクシーでソウル市を半周し登山口のトソンサという寺に着いて、此処から国立公園の中に入り2時間位歩いて、白雲山荘に着きます。大体夕方ですか、着くのは、歓迎の「焼き肉」が待っています。2階建ての山小屋(個室になってなく大部屋の様な所で20人位が楽に寝られます。床は畳でなく板間)翌日は朝、山荘で朝飯をいただき裏のインスボンに登りに行きます。午前中一本登り、頂上を踏み裏の南面を懸垂三回でコルに降り、15分位歩いて山荘に戻り昼飯を食べます。(山荘のホットソーメンとビール?濁酒もあります・・・とキムチとお豆腐が口に合わなればカップラーメンなども売っています)午後同じように登り山荘に帰ってきます。夜の食事が待っています。翌日も同じですが、午後(のクライミングはないかもしれません、マー早めに帰ってきて)下山し、ソウル市内の南大門か東大門のホテルに宿泊をし、買い物(秋は韓国産の松茸が買えます!!)兼食事です。翌日、日本に帰ってきます。韓国の食文明は味わい深い物があります。儒教に裏付けされた人情は細かいです。なお夏は日本の梅雨前線が上がって雨が多いです。行くとしたら春か秋です。

    > どんな登りになるのかよくわかりません。
    インスボンのクラッシクルートの特徴は大きく言って二つあります。一つは下部のスラブ帯です。大体50mザイルで下部と上部を繋ぐオアシステラスまで2又は3ピッチ有ります。このスラブは日本では味わえない物で登っている内にスラブが立っているのか寝ているのか分からなくなります・・・ワンピッチにランナーが5本も取れれば良い方です。上部は3〜4ピッチ有りイボンショイナードが海軍の時に訪れてクラックルートを開くまではフェース+チムニーのルートがほとんどです此がもう一つの特徴です。一つのルートでスラブ・チムニー・フェース・クラックと言うクライミングのエッセンシャルが味わえる・・・という事です。ガチャはエイリアン・キャメロット(フレンズ)・大きめのキャメロット(フレンズ)をもろ使います!!クラシックルートで有ればスラブは難しくても5・8位です。フェースクラックは5・10aのぼれれば大丈夫です。トップとなるとチョト違いますが・・・なお、もっと易しいルートもいっぱいあります。勿論今のフリークライミングのルートもあります。希望のある人は一緒にトレーニングしましょう!

    第┃ 52┃回┃「韓国仁寿峰」無事終了(2001/9/18)     
     ニューヨーク・マンハッタンの超高層ツインタワー、世界貿易センタービルが、轟音とともに崩壊した。続いて、世界最大最強の軍隊の総本山、ペンタゴンも炎と煙に包まれた。11日、起こった世界史上最悪のテロ惨事は、米国のシンボルが相次いで狙われ、少なくとも数万人が死傷したとみられている。これはテロというより、戦争ではないか。映画を見るような惨事の被害の全容が明らかになるにつれ、世界中に衝撃が走っている。テロを憎むと共に報復戦争に向かうアメリカ・世論の中で被爆国として終戦を迎えた日本の追体験を根拠に「反戦」の原点を見つめ直してみたいと感じています。

    韓国「インスボン」無事終了しました。
    成田空港の出発カウンターはかってない程ガラガラで「テロの後遺症」を実感しました。参加された方のレポートは後日載せる予定でお願いしていますが、やはり今回の日程4日間に+2日位は欲しいと感じました。でも天気に恵まれ充実した4日間でした、不慣れもあり参加者にご迷惑をかけた事もあったと思いますが此に懲りず次回もよろしくお願いします。参加者の全身についた擦り傷が今回のクライミングの楽しみ・多様さを現していると想っています。(ヤブ蚊に刺された痕の事ではないです)事前のトレーニングが不十分でした。もう少しトレーニングに力をするよう企画・努力をしていきたいです。それでも「インスA」「ウジョンB」「ショイナードB(2P残し)」等クラッシックで代表的な所は行けました。概念は理解してもらえたと想います。

    第┃ 53┃回┃「アンニョンハセヨ!!インスボン」(2001/9/19)     
    帰国直後の熱いうちに感想を残したいと思います。
    全体について
    韓国も、韓国の岩に取り付くのも初めての私です。仁川空港からスタートしたタクシーから見る景色が、そして左ハンドルの走行も、車内のラジオから流れる演歌も、そういえば帰りのバスのラジオからも演歌やらトークが流れていましたか゜・・・違うなー・・の印象でした。ほとんどハングル文字のためさっぱりわからないので旅行者には厳しいなというのも大いに実感しました。体形も顔立ちも似ているのに、まさに近くて遠い国を感じるんです。山小屋の食事は、小さな小皿で8品もあり、到着当日の夕食で感激しましたが、まさかそれに近い豪華? 朝食までもが連日続くとは。帰りのお風呂に入ったとき、くず籠の中に、沢山のきゅうりが入っていたのには、今でも驚きのひとつです。物価が信じられないほど安いのは、最大の魅力でしょう。 (およそ日本の半値、小屋の宿泊費は三泊で日本の一泊分以下)これからも驚きと、韓国の魅力は更に増えるに違いありません。
    岩について
    ソウル市内から1時間半以内で取り付けるなんて、いいですね。美しい巨壁、仁寿峰(インスボン)に出会うまでが石畳をぐんぐん登る、足の鍛えにちょうどいい。まさに初めて見た印象は、「ひぇー登れないよー」って思わず出たほどそそり立って見えました。小屋の屋根の後ろからも間近に見えて、美しさに感激しながらも翌日からのクライミングに複雑な気持ちでした。
    14日は、金曜日の爲まだ空いていました。 登りやすいクラシックルートということで「友情B」を登りましたが、登りやすい??「うそ!」、初めて触る岩ということもあり、緊張の上、3ピッチ目のチムニーは、経験したこともない長さで、資料によると45メートルだとか、バック&フッドの要領を後半でやっと得て、その後、これまた登りにくいダブルクラックと続き、きつかったー、・・高度感もあり本当に夢中でした。スラブあり、クラックあり、チムニーありで、5.8とか5.9のグレードが全く覆された感じでした。午後のショイナードBは、クラックルートでした。 とくに3ピッチ目のクラックは、私には、足で登るというのを、実感した大格闘のクラックでした。 時間切れで頂上まで上がれず少々心残りでしたが、次回の楽しみに ? しましょう。その日の夕方には、かなり体中の筋肉がびしばしき始めていました。
    15日は、土曜日で、沢山の韓国青年(女子も)等が続々と上がってきてインスボンは、若々しい彼らのハングル語が、あちらこちらで飛び交う大変賑やかな一日でした。クライミングスクールも盛んで、現地を知り尽くしている先生の指導で、活発に行われていました。仁寿Aを登りだした我々の後には、現地青年パーテイが待ち状態で、私こと、日本人女性中高年クライマーとしては、スマートに登りたいと少し気合を入れました。
    手ごわいスラブあり、3Pの長いきついクラックあり、その上、またまたチムニーあり同行のUさんの言葉「根性いるね!」と私の「絶対登ってヤル!」の気合とで、頂上に立てた時、本当に嬉しかったです。フリクションは、全体的にいいけれど、1ピッチが長く、集中力と体力の持続力が要求される気がしました。浅い経験しかない私ですが、2日間で様々の要素を持っているインスボンで本当に多くのことを体験しました。またぜひ行きたいと思います。
    15日の夜、50名近い青年達を対象に登山学校の講習会が山荘で行われましたがあの真剣な態度と気合は、将来の韓国を代表されるクライマー達を生み出そうというのでしょうか。
    Nさん、Uさん、私の三人の旅でしたが、三様の個性があって楽しかったですね。 Nさん、本当に有難うございました。 岩と岩以外のこといろいろ教えて頂きました。Uさん、重いロープさばきをしてくださり有難うございました。お陰様で登れました。           H 9/18記

    第┃ 56┃回┃ 「アニョマセオ!!インスボン」(2001/10/16) 
    北漢山の仁寿峰の報告その・
    9月13日から16日までの四日間、大韓民国の首都ソウル北方に位置する北漢山(ブッカンサン)国立公園の中の、かっては東洋のヨセミテ(今はヨセミテへさっさと飛んでいってしまう人が増えたのでこんな呼び方も懐かしいとのこと)とよばれたインスボン(仁寿峰)の岩を登ってきた。初めて体験した岩のことナもあり、だいたいが岩のぼりに向いた体型でもなくて、登ったというよりは登らせてもらったのだ。楽しいことはそれは滅茶苦茶に楽しいクライミングであった。登っている最中にはアドレナリンも滅茶苦茶出ていただろうし、そして悲鳴も。あんなにアタマを使いながらクライミングをしたこともなかった。あまりな体験だと感じたところが、またピッチが長いのであった。満足度はそれは十分に☆☆☆なのだが、どう登ったかとかそのあたりのことは私が言うよりは、是非あなたが実際に体験されることをおすすめしたいのだ。ということで、このレポートではインスボンの「入り口まで」をご案内することにいたしましょう。あなたはさっさと飛んでいくべきなのだ。

    北漢山はソウル市の北方に広がる山々の総称であり、仁寿峰(インスボン)810.5m、白雲台(ペグンデ)836.5m、万景台(????デ)799.5mの三峰が、その中心部にあたる位置に順に北から並んでいる。東京の高尾山、神戸の六甲山、大阪の生駒山といった感じだろうか。 資料では、都心(ソウル中心街)からもっともポピュラーな山の東側の登山口、牛耳洞(ウイドン)までタクシー、バスで1時間足らず、ただし交通の込み具合によると、どの案内書をみてもしっかり書いてあるので、いささか注意が必要だ。料金は、タクシーだとだいたい20000ウオン、バスだと500ウオンだ。20000ウオンといっても日本円では約2000円。公共料金は感心するほど安い。私達は例のTERRORISMの影響で、本当なんだとガックリしてしまったのだが、ガラガラの成田空港第一ターミナル(アメリカンとユナイテッドが入っているのだ)から出発して約一時間半のフライトの後、この3月にオープンしたばかりの仁川(インチョン)空港へ到着。そこからタクシーで大ソウル市を横縦断してウイドンへ向かった。ウイドン登山口では「トソンサ、トソンサ」と、そのほかの韓国語はほとんど分からないので、もっと先へ進むように告げる。バスはウイドン登山口が終点で、そこからは名刹のトソンサ(道+ごん偏に先+寺)への参道であり、この寺の送迎バスかタクシーで行くことになる。右手に白雲山(ペグンジャン)と看板をだした、RESTAURANTともあったように思う、湯屋(※お風呂)であるとか(帰りに立ち寄ったが、タオル付きで800ウオンだったかな)登山用品の店とか、弁当屋台とか結構にぎやかであった。寺に並んだ国立公園の登山口ゲートがあるロータリーまでタクシーに入ってもらった。インチョン空港から約2時間、料金は56000ウオン。60000ウオンを渡して、お釣りはほんの心付けだ。カムサムニダ。ゲートで1300ウオンの入山料を支払う。ここにも、食べ物やミネラルウオーターを売る屋台が並んでいた。最初は涸れた沢登り的?(自分が沢も歩くのでこう感じただけかも)な大きめのゴーロをぬったような登山道。石段を作ってあったり、登山道はかなり整備されているのだ。すでに夕方近くなので、下山者が多い。聞くと中高年者登山が盛んだという。シッカリと登山靴にハイソックス、ベストにキャップなんてのも、めだつ。こちらの人達も「こんにちは」とか挨拶するんだろうかなと思っていると、擦れ違うときに「アニマセオ」とか言っているのだ、ほんと。インスサンジャン(仁寿山荘)前を通り過ぎて、宿泊先のペグンサンジャン(白雲山荘)を目指す。ミズナラやクヌギの林の間から、インスボンがまさに巨大な岩としか言いようがない姿を現すと、まもなく山荘である。ゲートから約一時間の登りで山荘に到着した。石造りの基礎の上にログハウス2階建ての、立派な山荘である。 山荘前のベンチに荷物をおいて一休みだ。N師(私の先生)がニコニコしながら山荘に入っていく。「Nさん!」とすこし訛ったアチラ語風の、ちょっとビックリした様子の声が聞こえた。N師が次々と山荘の人達と抱き合ったり、握手をしたり。 まもなく分かったことだが、実はこの山荘は8年前に失火で消失し建て直しされたのだが、その時もN師はこの山で岩登りの最中、ザックやら何やら、全部燃えてしまったのだそうだ。5年ぶりだそうだ。この山荘所属のガイドのソーさんやマネージャーのリーさん(オーナーJR)とは顔見知りだったのだ。さらにオーナーのリーさんは来日したこともあって(パチンコが大好き)、N師は案内役を務めたそうだ。 私達は14日、15日の二日間、N師のリードで、インスボンを概念的に理解できるようにとクラシックなルートが集中する東面を登った。ウジョン(友情)BとショイナードB=クイバウィC(耳岩C)、これは2P残し。そしてインスB(仁寿B)。15日の午後は、頂上を上り詰めると正面に目にするペグンデ(白雲台)山頂から、「ヤッホー」(ほんとなんだから)と叫ぶ韓国青年子女の群に興味が移って?クライミングは中断。山荘から30分ばかりのそちら山頂で、北漢山の峰々と大ソウルの景観を楽しんだ。漢江が霞んで見えた。何のことはない、昼食時に、卑しくマッカリ(※現地の「濁酒」)を何杯か楽しんでしまったためなのだ。あはは、友好友好。ん?
    朝7時頃に朝食(もちろん韓国家庭料理風、なぜかご飯2杯は軽い)をいただいて、午前中に一本。下降して山荘で、温かいソーメンとビールにチジミ(お好み焼き)の昼食。午後にもう一本の調子で登った。あちらでは、岩場は9時とか10時頃になると混んできたかなという感じで、ダアーと広いものだから(こんな言い方もないか)、一人がアタマを見せたなとなるとボコボコとヘルメットアタマが現れだすのだ。私達が小川山とかでやる、朝6時過ぎの岩場の場所争いは、ない。
    さっきも言ったが、ルートがどうだったとか、どこをどう登ったとか、こんな私から聞いてもあまり役に立つことはないだろうから、登った時の感じをほんの少しだけお話しましょう。 フリクションはいい。いい加減な靴だと負けてしまう。ピンは、遠い。クラックはNP。私達は#4を一個いれて、マイクロフレンズから#3まで2セット用意した。一つ一つのピッチはかなり長い。登ったルートはスラブから連続したチムニーやクラックになるルートなのだが、1P30mとか40mとか、ずっとバックアンドフットが続いたりする。それも開始点から数ピッチ登ってからね。集中力の維持と体力、それからヒェーという悲鳴の美しさ?
    終了後の下降は一旦頂上を踏んで西面から、真っ白なペグンデを背にして、ほんとうに高度感いっぱい、開放的なラッペル(※懸垂下降)となるのだが(ラッペルの支点までが怖いと言えば怖い)、ロープは、私達は10.5の50mを二本用意した。それでも降り方ではギリギリの長さかも。2Pの下降。最後のピッチではまっすぐ上方を見上げること。空が晴れていたら言うことはない。まっすぐに天空から下降している気持になれる。
    以下資料から。
    ・ウジョンB 4P105m  1P:20m 2P:20m 3P:35m 4P:30m
               グレード:5.9 クラックルート NP 1/2 to 2
    ・ショイナードB 5P177m 1P:35m 2P:37m 3P:25m 4P:40m
               5P:40m グレード:5.8 クラックルート
    ・インスB  3P97m 1P:37m 2P:30m 3P:30m
       グレード:5.8 チムニー&クラック NP 1/2 to4
    インスB最上部でトラバースをしているときに、耳岩基部で休んでいたウィデギル(医大ルート)を登ってきたアチラ中年クライマー達から、日本語で「ムツカシイデショ」と声がかかった。そちらがムツカシイデショね、大将。こんどはハングルを覚えていこう。友好友好。
    また行こう。次はミョンドン(明洞)でのお食事もしたいね。以前、豚ロースの焼き肉が最高だったからな。トンデモン(東大門)市場の山道具屋群へは平日に行ってみたいね。現地の人がどんな買い方をするのか、見学したいよ。パッパと電卓をたたいて「サーテェファーブ・パセント・ディスカウント」。5.10のフラットソールが7000ウオンだったよ。「マツタケ・マツタケ」と繰り返す日本人(とは分かっていただろう)を一生懸命歩いて、尋ねて、定食屋へ案内してくれたオニイサン。人情とクライミング。
    アニョマセオ。(サヨナラの時にも言うのだそうだ。)(2001/10/10 U 記)

    第┃ 107┃回┃インスボンから帰ってきました(2002/9/24 )<長文>
    二度目の仁寿峰 2002 912〜17
    今年も、仁寿峰ツアー、9月12日から17日まで行われ、二回目の参加となりました。参加者は、リーダーの新保さん、今回はじめて参加のまたクライミング暦一年でが・・・・どこでも登ってしまう頼りになるチョンミア(韓国語での彼女の呼び名) と三人でした。
    一年ぶりの韓国は、滞在中曇っていて、時折風も強く、寒いクライミング日和となりました。けれど、4日間のクライミングは、連日1本、本数が少なかったとはいえ、充実した内容でした。去年参加して登ったルートをはずして、初めてのところばかりだったこともあり、日曜日以外は韓国クライマーも少なかったので難しいルートも後続パーティーに追われることなく、登れたのが良かったです。
    国立公園に入って40分後、仁寿峰の最高ビューポイントの地点から、あの見事な岩山をほとんど見ることが出来なかったのには、今回の天気の悪さを感じて、少なからずショックでした。チョンミアの歓声を聞きたかったのに・・・・・。ほとんど同じ頃の去年は、連日の晴天だったのに。
    初日、夜中に降った雨の乾きをまって午後の登り出しとなりました。韓国クライマー人気?1の「医大ルート(ウディキル)」150m5ピッチ 10d一部A0.・・・なぜ人気かというと、美しく、すくっと立っていてほとんどスラブの世界・・・・だという。去年、韓国クライマーのスクール生が取り付いているのをみて、あんな立っているスラブを登るなんて!!と感動して見ていたルートです。
    やはり怖かった!!  インスボンの10Aのスラブは、しびれました。ここは、日曜日には、わんさか韓国クライマーの青年団が押し寄せ、怒鳴りあっている場所ですが、その日は、誰もいなかったのが幸いでした。とにかく彼らは、上、下で大きな声で喋り捲っているのが特徴です。韓国語の語調からか、私には、まるで怒っているように聞こえてなりません。その賑やかさは、日本人クライマーとは、対照的です。けれど日本人クライマーには大変優しく、友好的だと思う場面が幾つかありました。
    二日目の・・・「クローニーキル」 225m8ピッチ・・・最も長いルートで、ルートを間違えたため、難しい10Aのスラブをやっとの思いでビレイ地点に近づいた時、近くにいた若きクライマーが親指をたてて、何度もやったね!のサインをくれました。私は、(゜゜)を引きつらせて登っていたらしい・・・・・新保さんの話。こういうのってすごく嬉しいですよ。もちろん支点に着いたとき「アンニヲハセヨ」って余裕・・・の?の笑顔で声をかけました。
    三日目・・・・日曜日でクライマーは、どっと増えた上、少々お疲れモードとお天気の心配もあって、短い、「ソーミョンスラブルート」のバリエーションルート「ファンタジーエクスプレス」 75m、3ピッチにしました。ここは下降ルートになっているので昼過ぎるとすだれのようにロープが下ろされしかも容赦なく頭上から落とすんです。日本では、考えられない激しさです。ここでも後続に韓国クライマーがドンドン押し寄せ、トップのリーダーが私の立つ支点に来たとき、ハングル語で声をかけてきて、答えられないのをみて「イルボン?」と確認。もっと言葉は長かったのですが、それだけ聞き取れたので思わず「イエス」などと答えたりして・・・・。でもそのリーダーが下にいる仲間に「このルートを日本人が登っている」といったかどうか、怪しいのですが下から、歓声と拍手が沸き起こって、私は、思わず下に向かって「ハーイ」と笑顔で手を振ったりなどしてしまったのです。考えられないことですが。彼らは、その支点から易しいルートを登り、上部で再び合流、そのリーダーと身振り手振りの交流となり、すごいガスのため周囲が真っ白になった時も、後ろを見ろと声をかけてきたり、私は、「ワオー」などと驚いたり、次のピッチのクラックの登り方を私に教えてくれる等、岩場で短時間ながらあの先生?に親しみすら感じました。 
    交流といえば、今回、宿泊したペグンサンジャンの小屋では毎晩現地クライマーの「徐 徳漢氏」、「金 基泰氏」オーナーのご子息の「李 建氏」も加わってスペシャル焼肉とお酒で宴会が開かれ、ハングル語、日本語、英語の中で親しく交流がもたれたことは、本当に楽しかったでした。
    最終日は、今回の中では一番易しかった「インスB」100m3ピッチ、いくらか仁寿峰のスラブにも馴染んで快適でした。
    馴染んだといえば、今回滞在期間も長かったので、ヨーグルトを薄めた感じの軽いお酒の「マッコリー」とお好み焼きをうすーくした「ちぢみ」は、すっかり大好物になりました。 小屋で休憩する韓国のハイカー達にも愛飲されており小どんぶりで、ごくごく飲むあののど越しは、すっかり私のものになりました。
    帰国の日、韓国空は、晴天になりました。「徐 徳漢氏」と彼の友人クライマーであり、カメラマン(かなり有名な方らしい)と一緒に下りましたがあのビューポイントで、見事に映える仁寿峰をバックに、一流カメラマンによる記念写真をパッチリ撮っていただけたことは、幸いでした。新保さん、チョンミア有難うでした。  H記 

    第┃ 139┃回┃  『冬教室参加者募集中』(2003/10/21)
    ●インスボン感想をいただきました。
    インスボン・クライミングの1日目(10月5日)を終えて、白雲山荘に戻る下山道で、突然、「私のクライミングは今日から始まった」という気持ちになった。
    山登りを始めて一年半、岩での練習は昨年9月から。これまでに日和田山、幕岩のゲレンデ練習を合計10回くらい。あと、小川山、二子山、三つ峠でのマルチピッチ体験。リードはやったことがない。こんな私にとって、「岩」とは、岩稜歩きに備えての練習という位置付けだった。
    それが、インスボン1日目で、パッと目の前が開けたのだ。「岩を登ってピークに到達する山」が、私の中にしっかりとインプットされた。北岳バットレス、一の倉沢・・・。遠くから眺めるだけのこうしたルートを、いつか登れるように、そのために、人工壁もゲレンデもマルチピッチも練習しよう。今、そういう気持ちだ。

    インスボン(韓国で漢字表記すれば仁寿峰)は、スラブと長いクラックと、深くて広いチムニーの連続だ。スラブは小川山よりずっと粗い花こう岩で、ファイブ・テンのアナサジがよく効く。足裏に微妙なざらざらを感じ、フリクションの効きが実感できる。「ここなら大丈夫そう」と思ったところで立ち込めば滑らない(と思う)。ただ、1日目に登った「友情B」の最後の「狸の腹」は、相当登りこまれているためか、あるいは、足の力を使い果たしてしまったせいなのか、ぬるっとした感じでてこずった。粗い花こう岩は、手指の効きも思ったよりも良かった。

    クラックは、深さがあって、手を入れるとどこまでも入ってしまう。手よりもフットジャムの出番の方が多かった気がする。
    チムニーはとにかく、長い。1日目の友情(ウジョン)Bにしても2日目の仁寿(インス)Bにしても、1ピッチまるまるチムニーだけと言ってもいいほどの所もあった。チムニーと思って早々と体を入れて、ズリズリと登ったが、疲れた。ぎりぎりまで普通に登って、最後に体でズリズリというのがいいのかもしれない。

    スラブ、クラック、チムニーのうち、一番てこずったのがクラックだった。あまり経験がないためだが、インスボン対策には、クラックの練習を積んでおくのがいいのだろう。
    インスボンで驚いたのは、韓国の人たちのパワーと歩きのバランスの良さ。インスボンの隣の白雲台という峰は、日帰りのハイキングコースとして親しまれている。ここがけっこうな岩場。頂上へは手すりや階段があるが、いくつかある道は、5・6くらいははありそうな斜面だ。そこを、ハイキングシューズですたすたと登り下りしてく老若男女。怖さ知らずのキムチパワーだ。
    友情Bからインスボンピークを踏み、懸垂下降のスタート地点に徒歩でおりたが、私たちはロープを張って、セルフビレイをとりながら、慎重にトラバース、下降した。韓国の人たちは、懸垂地点までセルフビレイもとらず、平気ですたすたと歩いている。下りが苦手な私は、お尻でずりずり下りたいくらいなのに。
    穏やかな稜線歩き、松葉のじゅうたんの上を進む樹林帯歩きから始まる日本の山と違って、韓国の山は岩山が多く、「山歩きと=岩歩き」のため、みな岩歩きが上手になるのだろう。以前にソラクサンのスキー場の視察に行ったことがあるが、ここも岩山だった。

    インスボンで2日間、クライミング三昧をした結果、どのくらい岩に慣れて上手にの登れるようになったのかは、私にはわからない。でも、少なくとも、岩が楽しく、岩をやりたい、という前向きな気持ちになった。ちょっぴりだが、自信もついた。が、自信が過信とならないように、いさめなければならない。
    というのも、セルフビレイのとり方、懸垂下降のためのロープワークなどでの手際の悪さが目立ち、仲間の手を借りたり、時間がかかったりした。とても恥ずかしかった。登る技術よりも、まずは、ロープの扱いを確実に自分のものにしないと、話しにならない。
    自分に欠けていること、今、身に付けなければならないことが、くっきりと浮かび上がり、課題が明確になった。それだけでも、インスボンに行った値があったと思う。小屋での生活(衣食住)は快適。格安。
    下山後のお風呂で、あかすり・エステも最高。すみずみ洗ってもらって、シャンプーもしてもらって、マッサージも少々。ざっと一時間で2000円。洗顔のあとの顔に甘いヨーグルトを塗ったのには驚いたけれど。
    「韓国クライミング体験とエステの旅」なんていう触れ込みで募集したら、女性がいっぱい参加するかも。
    来年また、参加したい。そのために、毎月、積み立てをすることにします。(H記)

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