山と登山技術

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■19 / 親記事)  「韓国・インスボン」(2003/10/23更新)
□投稿者/ オジサン -(2002/04/17(Wed) 23:39:12)
    第┃ 38┃回┃課題「韓国・インスボン」(2001/5/18)
    > INSUBONG、興味あり。どんな具合になるのか情報をください。
    四日間の場合。
    朝、日本の成田を出発します。2時間位でソウルの金浦空港に着きタクシーでソウル市を半周し登山口のトソンサという寺に着いて、此処から国立公園の中に入り2時間位歩いて、白雲山荘に着きます。大体夕方ですか、着くのは、歓迎の「焼き肉」が待っています。2階建ての山小屋(個室になってなく大部屋の様な所で20人位が楽に寝られます。床は畳でなく板間)翌日は朝、山荘で朝飯をいただき裏のインスボンに登りに行きます。午前中一本登り、頂上を踏み裏の南面を懸垂三回でコルに降り、15分位歩いて山荘に戻り昼飯を食べます。(山荘のホットソーメンとビール?濁酒もあります・・・とキムチとお豆腐が口に合わなればカップラーメンなども売っています)午後同じように登り山荘に帰ってきます。夜の食事が待っています。翌日も同じですが、午後(のクライミングはないかもしれません、マー早めに帰ってきて)下山し、ソウル市内の南大門か東大門のホテルに宿泊をし、買い物(秋は韓国産の松茸が買えます!!)兼食事です。翌日、日本に帰ってきます。韓国の食文明は味わい深い物があります。儒教に裏付けされた人情は細かいです。なお夏は日本の梅雨前線が上がって雨が多いです。行くとしたら春か秋です。

    > どんな登りになるのかよくわかりません。
    インスボンのクラッシクルートの特徴は大きく言って二つあります。一つは下部のスラブ帯です。大体50mザイルで下部と上部を繋ぐオアシステラスまで2又は3ピッチ有ります。このスラブは日本では味わえない物で登っている内にスラブが立っているのか寝ているのか分からなくなります・・・ワンピッチにランナーが5本も取れれば良い方です。上部は3〜4ピッチ有りイボンショイナードが海軍の時に訪れてクラックルートを開くまではフェース+チムニーのルートがほとんどです此がもう一つの特徴です。一つのルートでスラブ・チムニー・フェース・クラックと言うクライミングのエッセンシャルが味わえる・・・という事です。ガチャはエイリアン・キャメロット(フレンズ)・大きめのキャメロット(フレンズ)をもろ使います!!クラシックルートで有ればスラブは難しくても5・8位です。フェースクラックは5・10aのぼれれば大丈夫です。トップとなるとチョト違いますが・・・なお、もっと易しいルートもいっぱいあります。勿論今のフリークライミングのルートもあります。希望のある人は一緒にトレーニングしましょう!

    第┃ 52┃回┃「韓国仁寿峰」無事終了(2001/9/18)     
     ニューヨーク・マンハッタンの超高層ツインタワー、世界貿易センタービルが、轟音とともに崩壊した。続いて、世界最大最強の軍隊の総本山、ペンタゴンも炎と煙に包まれた。11日、起こった世界史上最悪のテロ惨事は、米国のシンボルが相次いで狙われ、少なくとも数万人が死傷したとみられている。これはテロというより、戦争ではないか。映画を見るような惨事の被害の全容が明らかになるにつれ、世界中に衝撃が走っている。テロを憎むと共に報復戦争に向かうアメリカ・世論の中で被爆国として終戦を迎えた日本の追体験を根拠に「反戦」の原点を見つめ直してみたいと感じています。

    韓国「インスボン」無事終了しました。
    成田空港の出発カウンターはかってない程ガラガラで「テロの後遺症」を実感しました。参加された方のレポートは後日載せる予定でお願いしていますが、やはり今回の日程4日間に+2日位は欲しいと感じました。でも天気に恵まれ充実した4日間でした、不慣れもあり参加者にご迷惑をかけた事もあったと思いますが此に懲りず次回もよろしくお願いします。参加者の全身についた擦り傷が今回のクライミングの楽しみ・多様さを現していると想っています。(ヤブ蚊に刺された痕の事ではないです)事前のトレーニングが不十分でした。もう少しトレーニングに力をするよう企画・努力をしていきたいです。それでも「インスA」「ウジョンB」「ショイナードB(2P残し)」等クラッシックで代表的な所は行けました。概念は理解してもらえたと想います。

    第┃ 53┃回┃「アンニョンハセヨ!!インスボン」(2001/9/19)     
    帰国直後の熱いうちに感想を残したいと思います。
    全体について
    韓国も、韓国の岩に取り付くのも初めての私です。仁川空港からスタートしたタクシーから見る景色が、そして左ハンドルの走行も、車内のラジオから流れる演歌も、そういえば帰りのバスのラジオからも演歌やらトークが流れていましたか゜・・・違うなー・・の印象でした。ほとんどハングル文字のためさっぱりわからないので旅行者には厳しいなというのも大いに実感しました。体形も顔立ちも似ているのに、まさに近くて遠い国を感じるんです。山小屋の食事は、小さな小皿で8品もあり、到着当日の夕食で感激しましたが、まさかそれに近い豪華? 朝食までもが連日続くとは。帰りのお風呂に入ったとき、くず籠の中に、沢山のきゅうりが入っていたのには、今でも驚きのひとつです。物価が信じられないほど安いのは、最大の魅力でしょう。 (およそ日本の半値、小屋の宿泊費は三泊で日本の一泊分以下)これからも驚きと、韓国の魅力は更に増えるに違いありません。
    岩について
    ソウル市内から1時間半以内で取り付けるなんて、いいですね。美しい巨壁、仁寿峰(インスボン)に出会うまでが石畳をぐんぐん登る、足の鍛えにちょうどいい。まさに初めて見た印象は、「ひぇー登れないよー」って思わず出たほどそそり立って見えました。小屋の屋根の後ろからも間近に見えて、美しさに感激しながらも翌日からのクライミングに複雑な気持ちでした。
    14日は、金曜日の爲まだ空いていました。 登りやすいクラシックルートということで「友情B」を登りましたが、登りやすい??「うそ!」、初めて触る岩ということもあり、緊張の上、3ピッチ目のチムニーは、経験したこともない長さで、資料によると45メートルだとか、バック&フッドの要領を後半でやっと得て、その後、これまた登りにくいダブルクラックと続き、きつかったー、・・高度感もあり本当に夢中でした。スラブあり、クラックあり、チムニーありで、5.8とか5.9のグレードが全く覆された感じでした。午後のショイナードBは、クラックルートでした。 とくに3ピッチ目のクラックは、私には、足で登るというのを、実感した大格闘のクラックでした。 時間切れで頂上まで上がれず少々心残りでしたが、次回の楽しみに ? しましょう。その日の夕方には、かなり体中の筋肉がびしばしき始めていました。
    15日は、土曜日で、沢山の韓国青年(女子も)等が続々と上がってきてインスボンは、若々しい彼らのハングル語が、あちらこちらで飛び交う大変賑やかな一日でした。クライミングスクールも盛んで、現地を知り尽くしている先生の指導で、活発に行われていました。仁寿Aを登りだした我々の後には、現地青年パーテイが待ち状態で、私こと、日本人女性中高年クライマーとしては、スマートに登りたいと少し気合を入れました。
    手ごわいスラブあり、3Pの長いきついクラックあり、その上、またまたチムニーあり同行のUさんの言葉「根性いるね!」と私の「絶対登ってヤル!」の気合とで、頂上に立てた時、本当に嬉しかったです。フリクションは、全体的にいいけれど、1ピッチが長く、集中力と体力の持続力が要求される気がしました。浅い経験しかない私ですが、2日間で様々の要素を持っているインスボンで本当に多くのことを体験しました。またぜひ行きたいと思います。
    15日の夜、50名近い青年達を対象に登山学校の講習会が山荘で行われましたがあの真剣な態度と気合は、将来の韓国を代表されるクライマー達を生み出そうというのでしょうか。
    Nさん、Uさん、私の三人の旅でしたが、三様の個性があって楽しかったですね。 Nさん、本当に有難うございました。 岩と岩以外のこといろいろ教えて頂きました。Uさん、重いロープさばきをしてくださり有難うございました。お陰様で登れました。           H 9/18記

    第┃ 56┃回┃ 「アニョマセオ!!インスボン」(2001/10/16) 
    北漢山の仁寿峰の報告その・
    9月13日から16日までの四日間、大韓民国の首都ソウル北方に位置する北漢山(ブッカンサン)国立公園の中の、かっては東洋のヨセミテ(今はヨセミテへさっさと飛んでいってしまう人が増えたのでこんな呼び方も懐かしいとのこと)とよばれたインスボン(仁寿峰)の岩を登ってきた。初めて体験した岩のことナもあり、だいたいが岩のぼりに向いた体型でもなくて、登ったというよりは登らせてもらったのだ。楽しいことはそれは滅茶苦茶に楽しいクライミングであった。登っている最中にはアドレナリンも滅茶苦茶出ていただろうし、そして悲鳴も。あんなにアタマを使いながらクライミングをしたこともなかった。あまりな体験だと感じたところが、またピッチが長いのであった。満足度はそれは十分に☆☆☆なのだが、どう登ったかとかそのあたりのことは私が言うよりは、是非あなたが実際に体験されることをおすすめしたいのだ。ということで、このレポートではインスボンの「入り口まで」をご案内することにいたしましょう。あなたはさっさと飛んでいくべきなのだ。

    北漢山はソウル市の北方に広がる山々の総称であり、仁寿峰(インスボン)810.5m、白雲台(ペグンデ)836.5m、万景台(????デ)799.5mの三峰が、その中心部にあたる位置に順に北から並んでいる。東京の高尾山、神戸の六甲山、大阪の生駒山といった感じだろうか。 資料では、都心(ソウル中心街)からもっともポピュラーな山の東側の登山口、牛耳洞(ウイドン)までタクシー、バスで1時間足らず、ただし交通の込み具合によると、どの案内書をみてもしっかり書いてあるので、いささか注意が必要だ。料金は、タクシーだとだいたい20000ウオン、バスだと500ウオンだ。20000ウオンといっても日本円では約2000円。公共料金は感心するほど安い。私達は例のTERRORISMの影響で、本当なんだとガックリしてしまったのだが、ガラガラの成田空港第一ターミナル(アメリカンとユナイテッドが入っているのだ)から出発して約一時間半のフライトの後、この3月にオープンしたばかりの仁川(インチョン)空港へ到着。そこからタクシーで大ソウル市を横縦断してウイドンへ向かった。ウイドン登山口では「トソンサ、トソンサ」と、そのほかの韓国語はほとんど分からないので、もっと先へ進むように告げる。バスはウイドン登山口が終点で、そこからは名刹のトソンサ(道+ごん偏に先+寺)への参道であり、この寺の送迎バスかタクシーで行くことになる。右手に白雲山(ペグンジャン)と看板をだした、RESTAURANTともあったように思う、湯屋(※お風呂)であるとか(帰りに立ち寄ったが、タオル付きで800ウオンだったかな)登山用品の店とか、弁当屋台とか結構にぎやかであった。寺に並んだ国立公園の登山口ゲートがあるロータリーまでタクシーに入ってもらった。インチョン空港から約2時間、料金は56000ウオン。60000ウオンを渡して、お釣りはほんの心付けだ。カムサムニダ。ゲートで1300ウオンの入山料を支払う。ここにも、食べ物やミネラルウオーターを売る屋台が並んでいた。最初は涸れた沢登り的?(自分が沢も歩くのでこう感じただけかも)な大きめのゴーロをぬったような登山道。石段を作ってあったり、登山道はかなり整備されているのだ。すでに夕方近くなので、下山者が多い。聞くと中高年者登山が盛んだという。シッカリと登山靴にハイソックス、ベストにキャップなんてのも、めだつ。こちらの人達も「こんにちは」とか挨拶するんだろうかなと思っていると、擦れ違うときに「アニマセオ」とか言っているのだ、ほんと。インスサンジャン(仁寿山荘)前を通り過ぎて、宿泊先のペグンサンジャン(白雲山荘)を目指す。ミズナラやクヌギの林の間から、インスボンがまさに巨大な岩としか言いようがない姿を現すと、まもなく山荘である。ゲートから約一時間の登りで山荘に到着した。石造りの基礎の上にログハウス2階建ての、立派な山荘である。 山荘前のベンチに荷物をおいて一休みだ。N師(私の先生)がニコニコしながら山荘に入っていく。「Nさん!」とすこし訛ったアチラ語風の、ちょっとビックリした様子の声が聞こえた。N師が次々と山荘の人達と抱き合ったり、握手をしたり。 まもなく分かったことだが、実はこの山荘は8年前に失火で消失し建て直しされたのだが、その時もN師はこの山で岩登りの最中、ザックやら何やら、全部燃えてしまったのだそうだ。5年ぶりだそうだ。この山荘所属のガイドのソーさんやマネージャーのリーさん(オーナーJR)とは顔見知りだったのだ。さらにオーナーのリーさんは来日したこともあって(パチンコが大好き)、N師は案内役を務めたそうだ。 私達は14日、15日の二日間、N師のリードで、インスボンを概念的に理解できるようにとクラシックなルートが集中する東面を登った。ウジョン(友情)BとショイナードB=クイバウィC(耳岩C)、これは2P残し。そしてインスB(仁寿B)。15日の午後は、頂上を上り詰めると正面に目にするペグンデ(白雲台)山頂から、「ヤッホー」(ほんとなんだから)と叫ぶ韓国青年子女の群に興味が移って?クライミングは中断。山荘から30分ばかりのそちら山頂で、北漢山の峰々と大ソウルの景観を楽しんだ。漢江が霞んで見えた。何のことはない、昼食時に、卑しくマッカリ(※現地の「濁酒」)を何杯か楽しんでしまったためなのだ。あはは、友好友好。ん?
    朝7時頃に朝食(もちろん韓国家庭料理風、なぜかご飯2杯は軽い)をいただいて、午前中に一本。下降して山荘で、温かいソーメンとビールにチジミ(お好み焼き)の昼食。午後にもう一本の調子で登った。あちらでは、岩場は9時とか10時頃になると混んできたかなという感じで、ダアーと広いものだから(こんな言い方もないか)、一人がアタマを見せたなとなるとボコボコとヘルメットアタマが現れだすのだ。私達が小川山とかでやる、朝6時過ぎの岩場の場所争いは、ない。
    さっきも言ったが、ルートがどうだったとか、どこをどう登ったとか、こんな私から聞いてもあまり役に立つことはないだろうから、登った時の感じをほんの少しだけお話しましょう。 フリクションはいい。いい加減な靴だと負けてしまう。ピンは、遠い。クラックはNP。私達は#4を一個いれて、マイクロフレンズから#3まで2セット用意した。一つ一つのピッチはかなり長い。登ったルートはスラブから連続したチムニーやクラックになるルートなのだが、1P30mとか40mとか、ずっとバックアンドフットが続いたりする。それも開始点から数ピッチ登ってからね。集中力の維持と体力、それからヒェーという悲鳴の美しさ?
    終了後の下降は一旦頂上を踏んで西面から、真っ白なペグンデを背にして、ほんとうに高度感いっぱい、開放的なラッペル(※懸垂下降)となるのだが(ラッペルの支点までが怖いと言えば怖い)、ロープは、私達は10.5の50mを二本用意した。それでも降り方ではギリギリの長さかも。2Pの下降。最後のピッチではまっすぐ上方を見上げること。空が晴れていたら言うことはない。まっすぐに天空から下降している気持になれる。
    以下資料から。
    ・ウジョンB 4P105m  1P:20m 2P:20m 3P:35m 4P:30m
               グレード:5.9 クラックルート NP 1/2 to 2
    ・ショイナードB 5P177m 1P:35m 2P:37m 3P:25m 4P:40m
               5P:40m グレード:5.8 クラックルート
    ・インスB  3P97m 1P:37m 2P:30m 3P:30m
       グレード:5.8 チムニー&クラック NP 1/2 to4
    インスB最上部でトラバースをしているときに、耳岩基部で休んでいたウィデギル(医大ルート)を登ってきたアチラ中年クライマー達から、日本語で「ムツカシイデショ」と声がかかった。そちらがムツカシイデショね、大将。こんどはハングルを覚えていこう。友好友好。
    また行こう。次はミョンドン(明洞)でのお食事もしたいね。以前、豚ロースの焼き肉が最高だったからな。トンデモン(東大門)市場の山道具屋群へは平日に行ってみたいね。現地の人がどんな買い方をするのか、見学したいよ。パッパと電卓をたたいて「サーテェファーブ・パセント・ディスカウント」。5.10のフラットソールが7000ウオンだったよ。「マツタケ・マツタケ」と繰り返す日本人(とは分かっていただろう)を一生懸命歩いて、尋ねて、定食屋へ案内してくれたオニイサン。人情とクライミング。
    アニョマセオ。(サヨナラの時にも言うのだそうだ。)(2001/10/10 U 記)

    第┃ 107┃回┃インスボンから帰ってきました(2002/9/24 )<長文>
    二度目の仁寿峰 2002 912〜17
    今年も、仁寿峰ツアー、9月12日から17日まで行われ、二回目の参加となりました。参加者は、リーダーの新保さん、今回はじめて参加のまたクライミング暦一年でが・・・・どこでも登ってしまう頼りになるチョンミア(韓国語での彼女の呼び名) と三人でした。
    一年ぶりの韓国は、滞在中曇っていて、時折風も強く、寒いクライミング日和となりました。けれど、4日間のクライミングは、連日1本、本数が少なかったとはいえ、充実した内容でした。去年参加して登ったルートをはずして、初めてのところばかりだったこともあり、日曜日以外は韓国クライマーも少なかったので難しいルートも後続パーティーに追われることなく、登れたのが良かったです。
    国立公園に入って40分後、仁寿峰の最高ビューポイントの地点から、あの見事な岩山をほとんど見ることが出来なかったのには、今回の天気の悪さを感じて、少なからずショックでした。チョンミアの歓声を聞きたかったのに・・・・・。ほとんど同じ頃の去年は、連日の晴天だったのに。
    初日、夜中に降った雨の乾きをまって午後の登り出しとなりました。韓国クライマー人気?1の「医大ルート(ウディキル)」150m5ピッチ 10d一部A0.・・・なぜ人気かというと、美しく、すくっと立っていてほとんどスラブの世界・・・・だという。去年、韓国クライマーのスクール生が取り付いているのをみて、あんな立っているスラブを登るなんて!!と感動して見ていたルートです。
    やはり怖かった!!  インスボンの10Aのスラブは、しびれました。ここは、日曜日には、わんさか韓国クライマーの青年団が押し寄せ、怒鳴りあっている場所ですが、その日は、誰もいなかったのが幸いでした。とにかく彼らは、上、下で大きな声で喋り捲っているのが特徴です。韓国語の語調からか、私には、まるで怒っているように聞こえてなりません。その賑やかさは、日本人クライマーとは、対照的です。けれど日本人クライマーには大変優しく、友好的だと思う場面が幾つかありました。
    二日目の・・・「クローニーキル」 225m8ピッチ・・・最も長いルートで、ルートを間違えたため、難しい10Aのスラブをやっとの思いでビレイ地点に近づいた時、近くにいた若きクライマーが親指をたてて、何度もやったね!のサインをくれました。私は、(゜゜)を引きつらせて登っていたらしい・・・・・新保さんの話。こういうのってすごく嬉しいですよ。もちろん支点に着いたとき「アンニヲハセヨ」って余裕・・・の?の笑顔で声をかけました。
    三日目・・・・日曜日でクライマーは、どっと増えた上、少々お疲れモードとお天気の心配もあって、短い、「ソーミョンスラブルート」のバリエーションルート「ファンタジーエクスプレス」 75m、3ピッチにしました。ここは下降ルートになっているので昼過ぎるとすだれのようにロープが下ろされしかも容赦なく頭上から落とすんです。日本では、考えられない激しさです。ここでも後続に韓国クライマーがドンドン押し寄せ、トップのリーダーが私の立つ支点に来たとき、ハングル語で声をかけてきて、答えられないのをみて「イルボン?」と確認。もっと言葉は長かったのですが、それだけ聞き取れたので思わず「イエス」などと答えたりして・・・・。でもそのリーダーが下にいる仲間に「このルートを日本人が登っている」といったかどうか、怪しいのですが下から、歓声と拍手が沸き起こって、私は、思わず下に向かって「ハーイ」と笑顔で手を振ったりなどしてしまったのです。考えられないことですが。彼らは、その支点から易しいルートを登り、上部で再び合流、そのリーダーと身振り手振りの交流となり、すごいガスのため周囲が真っ白になった時も、後ろを見ろと声をかけてきたり、私は、「ワオー」などと驚いたり、次のピッチのクラックの登り方を私に教えてくれる等、岩場で短時間ながらあの先生?に親しみすら感じました。 
    交流といえば、今回、宿泊したペグンサンジャンの小屋では毎晩現地クライマーの「徐 徳漢氏」、「金 基泰氏」オーナーのご子息の「李 建氏」も加わってスペシャル焼肉とお酒で宴会が開かれ、ハングル語、日本語、英語の中で親しく交流がもたれたことは、本当に楽しかったでした。
    最終日は、今回の中では一番易しかった「インスB」100m3ピッチ、いくらか仁寿峰のスラブにも馴染んで快適でした。
    馴染んだといえば、今回滞在期間も長かったので、ヨーグルトを薄めた感じの軽いお酒の「マッコリー」とお好み焼きをうすーくした「ちぢみ」は、すっかり大好物になりました。 小屋で休憩する韓国のハイカー達にも愛飲されており小どんぶりで、ごくごく飲むあののど越しは、すっかり私のものになりました。
    帰国の日、韓国空は、晴天になりました。「徐 徳漢氏」と彼の友人クライマーであり、カメラマン(かなり有名な方らしい)と一緒に下りましたがあのビューポイントで、見事に映える仁寿峰をバックに、一流カメラマンによる記念写真をパッチリ撮っていただけたことは、幸いでした。新保さん、チョンミア有難うでした。  H記 

    第┃ 139┃回┃  『冬教室参加者募集中』(2003/10/21)
    ●インスボン感想をいただきました。
    インスボン・クライミングの1日目(10月5日)を終えて、白雲山荘に戻る下山道で、突然、「私のクライミングは今日から始まった」という気持ちになった。
    山登りを始めて一年半、岩での練習は昨年9月から。これまでに日和田山、幕岩のゲレンデ練習を合計10回くらい。あと、小川山、二子山、三つ峠でのマルチピッチ体験。リードはやったことがない。こんな私にとって、「岩」とは、岩稜歩きに備えての練習という位置付けだった。
    それが、インスボン1日目で、パッと目の前が開けたのだ。「岩を登ってピークに到達する山」が、私の中にしっかりとインプットされた。北岳バットレス、一の倉沢・・・。遠くから眺めるだけのこうしたルートを、いつか登れるように、そのために、人工壁もゲレンデもマルチピッチも練習しよう。今、そういう気持ちだ。

    インスボン(韓国で漢字表記すれば仁寿峰)は、スラブと長いクラックと、深くて広いチムニーの連続だ。スラブは小川山よりずっと粗い花こう岩で、ファイブ・テンのアナサジがよく効く。足裏に微妙なざらざらを感じ、フリクションの効きが実感できる。「ここなら大丈夫そう」と思ったところで立ち込めば滑らない(と思う)。ただ、1日目に登った「友情B」の最後の「狸の腹」は、相当登りこまれているためか、あるいは、足の力を使い果たしてしまったせいなのか、ぬるっとした感じでてこずった。粗い花こう岩は、手指の効きも思ったよりも良かった。

    クラックは、深さがあって、手を入れるとどこまでも入ってしまう。手よりもフットジャムの出番の方が多かった気がする。
    チムニーはとにかく、長い。1日目の友情(ウジョン)Bにしても2日目の仁寿(インス)Bにしても、1ピッチまるまるチムニーだけと言ってもいいほどの所もあった。チムニーと思って早々と体を入れて、ズリズリと登ったが、疲れた。ぎりぎりまで普通に登って、最後に体でズリズリというのがいいのかもしれない。

    スラブ、クラック、チムニーのうち、一番てこずったのがクラックだった。あまり経験がないためだが、インスボン対策には、クラックの練習を積んでおくのがいいのだろう。
    インスボンで驚いたのは、韓国の人たちのパワーと歩きのバランスの良さ。インスボンの隣の白雲台という峰は、日帰りのハイキングコースとして親しまれている。ここがけっこうな岩場。頂上へは手すりや階段があるが、いくつかある道は、5・6くらいははありそうな斜面だ。そこを、ハイキングシューズですたすたと登り下りしてく老若男女。怖さ知らずのキムチパワーだ。
    友情Bからインスボンピークを踏み、懸垂下降のスタート地点に徒歩でおりたが、私たちはロープを張って、セルフビレイをとりながら、慎重にトラバース、下降した。韓国の人たちは、懸垂地点までセルフビレイもとらず、平気ですたすたと歩いている。下りが苦手な私は、お尻でずりずり下りたいくらいなのに。
    穏やかな稜線歩き、松葉のじゅうたんの上を進む樹林帯歩きから始まる日本の山と違って、韓国の山は岩山が多く、「山歩きと=岩歩き」のため、みな岩歩きが上手になるのだろう。以前にソラクサンのスキー場の視察に行ったことがあるが、ここも岩山だった。

    インスボンで2日間、クライミング三昧をした結果、どのくらい岩に慣れて上手にの登れるようになったのかは、私にはわからない。でも、少なくとも、岩が楽しく、岩をやりたい、という前向きな気持ちになった。ちょっぴりだが、自信もついた。が、自信が過信とならないように、いさめなければならない。
    というのも、セルフビレイのとり方、懸垂下降のためのロープワークなどでの手際の悪さが目立ち、仲間の手を借りたり、時間がかかったりした。とても恥ずかしかった。登る技術よりも、まずは、ロープの扱いを確実に自分のものにしないと、話しにならない。
    自分に欠けていること、今、身に付けなければならないことが、くっきりと浮かび上がり、課題が明確になった。それだけでも、インスボンに行った値があったと思う。小屋での生活(衣食住)は快適。格安。
    下山後のお風呂で、あかすり・エステも最高。すみずみ洗ってもらって、シャンプーもしてもらって、マッサージも少々。ざっと一時間で2000円。洗顔のあとの顔に甘いヨーグルトを塗ったのには驚いたけれど。
    「韓国クライミング体験とエステの旅」なんていう触れ込みで募集したら、女性がいっぱい参加するかも。
    来年また、参加したい。そのために、毎月、積み立てをすることにします。(H記)

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■20 / 親記事)  黒部丸山「左岩稜」
□投稿者/ オジサン -(2002/04/17(Wed) 23:43:55)
    第┃ 55┃回┃一言で、アルピニズム!! 黒部丸山「左岩稜」 
    (2001/10/10) 
    10月6〜8日(土〜月)黒部丸山「左岩稜」 メンバー H・S・N
    入山日洞窟まで、2日目頂上(バリエーション上部O・C・C)、3日目下山
    今もなお、あの登攀のすごさが体中と心に焼き付いていて、しばらくこの充実感に浸ることでしょう。  これが・・・アルピニズムだー。
    頂上に上がった時の安堵感は、とろけそうでした。終わってみて、一日目の私は、何もわかっていなかったなーと思いました。 楽しさは当然ながら、苦しさ、それ以上に怖さが増ごとにより運命共同体を感じました。 三人の連携プレイがどんなに大切か、・・・・・・Sさんは堪えず私をサポートしてくれました。後ろに彼がいなかったら私は、もっと最悪だったことは確かです。 本当にすごい経験でした。 人工登攀、新人の私にとって何もかもが。トップのすごさに感動しまくったり、草つき、木登りのこと、脆い岩、錆びきったハーケンに体重をかける恐怖、きつい藪こぎ、セカンドの仕事岩でのビバーグ、などなど、そうだ!! あぶみの操作手順の未熟さ、テクニックの無さ、・・・・本当に情けない!!! いろいろなこと教えていただきました。この三日間のこと生涯忘れないでしょう。お天気にも恵まれ紅葉真っ只中の素晴らしい思い出に、そしてNさんとSさんに心から感謝をします。有難うございました。実は、よくやった、と言って下さった言葉を思い出して、一人ウルウルしています。・・・アブナイ・・・アブナイまたその気になったりして。(H記)
    トンネルの中でのポチ(注:荷物を運ぶ台車の愛称です。黒四のトンネルを歩くのに荷物を担ぐのがイヤでボチの出番です。)の活躍は、実に素晴らしかったです。初めて岩場でのビバークでしたが、快適?でした。水が、少ないビバークも良い経験に成り、涌き水を飲んだ時は、あまりの美味しさに、感激しました。上まで、詰める事もアルピニズムを感じられ紅葉の薮漕ぎも又、格別ですね♪ 何より、ルートフィンデングと色々な操作が、自分に、取って、課題だと思いました。左岩陵『巨人の右足』は、色々な要素が、含まれて総合力が、必要だと実感しました。又、行きたいですね。何よりも天候に、恵まれた事とメンバーに、感謝・感謝!( S 記)
    予定日、一日オバーしてしまいました。行ったところは三回目なのにすっかり忘れていて、はじめていったようで新鮮でした。あげくの果て、5mも墜落してしまい・・・(25年のクライミング人生で、本チャンで3回目です・・・「唐沢岳幕岩」右ルンゼルートと谷川岳衝立岩「蝸牛」ルート)無傷なのは運が良かったと思っています。人工から、フリーでトラバースする部分であと30cmで木の根っこに手が届くところだったのですが左足の草付きが剥がれてしまい落ちました。壁の中で一泊、頂上で一泊。力不足でタイムオバーでしたが、目的の「本チャン」をイヤッと体験してもらえました。「本チャン」の「認識」を新たにしていただいたようです。水を2リットル上げたのですが予定日をオバーしたために最後は水不足に悩まされました。下降路も以前使ったところでしたが・・・後から思い出す始末で・・・年を取ると忘れぽくなります。上部の「木登り」「草付きの処理」はサデの大岩・幽の沢の草付きと同じくらい悪かったです。   (N 記)

    第┃ 72┃回┃ 「山だより」(2001/12/10) 
    ●冬の長野方面からの「黒部」へのアプローチとして利用されていた「扇沢」から黒部ダムまでのトンネルがこの冬は「テロ」対策で「登山者」を完全に閉め出すそうです。「ホワイトアウト」(映画)が現実のものとして想定されて対策がとられていると言うことなのでしょうか・・・?冬の黒部丸山は当分無理ですね・・・

    第┃ 77┃回┃ 「謹賀新年」(2002/1/7) 
    ●今年は黒部に入る「扇沢ルート」が閉ざされてしまい。黒部「丸山」は絶望なのですが・・・来年以降は、冬も観光ルートとして、解放されそうです。北日本新聞の「立山・黒部通年観光へ」大町ー室堂を冬季運行 http://www.kitanippon.co.jp/cgi-bin/news.cgi?id=A300#001

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■21 / 親記事)  「旭岳東陵」
□投稿者/ オジサン -(2002/04/17(Wed) 23:59:49)
    第┃ 21┃回┃「旭岳東陵の山行報告」(2001/2/13)
    1年で最も寒い2月に入りましたね。家への帰り道ではあったかいお鍋が恋しいのに、街ではウィンドウに飾られた春の装いに目が行ってしまう、複雑な季節です。

    R山の「中央アルピニスト学校」の手伝いで八ガ岳「旭岳東陵」に行って来ました。「中央アルピニスト学校」との関わりは、故吉尾弘さんから仕事(ガイド)を手伝わないかと言う話しが有った時・・・個人的な理由で「山」から疎遠な状態になっていたので、代わりに転職したてで「生活」が大変だったU氏を推薦しました又同時に、R山の「中央アルピニスト学校」の講師に私を推薦をしていただいたのが始まりです。私よりは、油が乗っている「U」氏そして豊富な登山実践の上に山岳ガイド経験がある「O」さんの方が良いのではと思いお願いしたのですが・・・。今回、Oさんがやられる予定だったのですが、2月9日(金)〜13日(火)までは予定が立たなかったのでお手伝いと言うことで前半の2月9日(金)〜11日(日)を受け持ちしました。
    諏訪観測所開設以来の「大雪」と言う事でしたので、「中央アルピニスト学校」の担当者に技術を教えるので有ればルートは「手間が掛かりすぎて」不向きで他の所に変えた方が良いのではと提案しました。それに対して「技術」を教える事が目的でなく「アルピニズム」を学ぶ事がメインです・・・全装備を担いだクライミング、そしてトレースのない一日前に入山をする・・・説明を聞いていてウーン?!「発想の転換」と言う感じでした。効率よく登ることを常に考えていて「ワカン」を使うようなら入山を見合わせてきた自分の山登りでしたが、「全天候型の力」をつけるというので有ればそうしたことが必要だと思いました。正直言ってこれは「仕事」じゃないなと思い自分自身に「ネジ」をまく必要性を感じました。全行程をラッセルし、荷を担いで全ピッチリードするために荷物の軽量化が絶対的に必要です。1983年の2月に「旭岳東陵」行ったときはシュラフ無しでしたが、今回は夏用のシュラフ位までは良いとして、手袋はラッセル用・登攀用・縦走用に分けて用意して「寒気」が予想されたので防寒具には気を使いました。「中央アルピニスト学校」は技術的なことは「地方」で(各地方連盟が登山学校や講習会をやっているので)、一歩「高み」を目指して「中央アルピニスト学校」と言う位置付で「地方」連盟の推薦の上で講習生を募集するという形を取っていました。

    2月9日(金)晴れ、奈良の講習生(以下Oさんと略す)と二人で八時半に「清里」に着く・・・頼んでいたタクシーで美しが森の駐車場まで運んでもらう、ここからラッセルが始まった通常なら林道途中の車止め辺りまで車で入れるのだが、今年は様変わりしている・・・出合い小屋まで通常の倍の六時間掛かった。状態によっては「天狗尾根」でも、と事前に事務局とで話合っていましたが・・・出合小屋でOさんにどうしますかと聴いたところ「旭東陵」という意志表示が有った・・・「行くしかない!」。
    途中、懐かしい「権現岳東陵」の取り付き迄行ってしまったりしましたが、無事「旭岳東陵」の尾根に取り付き割と良いところでツェルトを張って快適に寝ることが出来ました。
    2月10日(土)今日もラッセルだ・・・尾根なのにアイゼンの上にワカンを付けたり外したり、ザイルを出したり・・・ひたすらラッセル。やっと上部の「壁」というゴジラの背中の瘤の取り付きにたどり着くも午後の三時を回っていた。1ピッチ目瘤の上の雪はキノコの傘のような雪で、バランスで立ちなが
    ら根本をひたすら掘ると灌木が出てくるそれにランニングビレー取ってからピッケルを振り回してキノコの傘の端を壊してからそっと乗っかる・・・結局一時間半掛かってしまった、暗くなりかけてきたけど進まなければ見通しが立たない・・・ヘッドランプをつけて夜間登攀・・・更に一時間位したら稜線まで
    三ピッチ位の所に出た稜線の向こうは風が強そうだったしOさんも大分疲れているようだったので、あまり良い場所ではなかったが斜面を整地してビバーグすることとした。両側は切れているがセルフビレーを取ってビバーグ。寒気と寝る体勢が悪くて辛かったと思いますが良い天気で朝を迎えた。
    2月11日(日)残りのナイフリッジを登り稜線に出る。猛烈な風で立っているのが辛い・・・赤岳まで冷たい風に叩かれてラッセル、途中キレット小屋付近で振り返れば・・・「旭岳東陵」上部の「壁」の取り付きの辺りに5・6人の人影が見えた、文三郎を通り行者小屋経由で赤岳鉱泉に居るOさんと午後二時
    半に合流することが出来た。
    1983年の2月に「旭岳東陵」行った時の事はもう思い出すことが出来ません・・・少しはテクニック(軽量化等)の面では自分自身が成長しているのかな?・・・。でも(攀る)意志と愛情(入れ込み)は昔も今も同じだと思います。

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■22 / 親記事)  越沢バットレス「すばる」ルート
□投稿者/ オジサン -(2002/04/18(Thu) 00:09:48)
    第┃ 35┃回┃「開拓」報告(2001/5/14 )
    5月12日(土曜日)サロン"昴"のメンバーで越沢バットレスにルートを造りました。場所は「天狗の踊り場」の右のフェースで通常下降ラインよりもっと右側です。ルートの長さは20mです。ランニングポイントはリングボルト13本+ハーケン1本です。
    ルートはジョードル状の所から始まります。結構悪いです。此処を右側から登り左側に行くと小ハング下に出ます。この小ハングののっこしが核心部です。ラインは二つ取れます、右から行くときは越沢バットレスのグレードでムーブは5.10a位だと思います。越沢バットレスでは珍しくアンダフレークのトラバースから立ち込みアンダーフレークを掴むという面白いムーブになりました。左からのっこすばあいは小ハング下のクラックを使って5.9位かなと思います。核心部を抜けると最後のフェースが出てきます。結構辛い状態が続きますので小ハングでよれていると此処が第二の核心部になります。左手は有りません右手が二つ続けてあります。最後は左手でのっこし端を掴んで終わりです。ルートとしては最初から終了点まで中間の小ハング下だけしか休めるところがなく。緊張が続くので5.10bとしました。終了点はトップロープしやすくしています。が結構擦れますので流れは悪いです・・チョト埃を落としきれなかったのでスタンスが滑りやすくなっているので一雨降った後が良いと思います。今度行ったときワイヤーブラシで掃除しょうとおもっています。名前は沖縄の海のイメージで「ネイビーブルー」としょうとしたらK君に笑われたので無難な「すばる」にしました。

    第┃ 36┃回┃「開拓団」感想(2001/5/15)
    ▲バットレスの開拓は、とても、楽しかったです。今も少し興奮しています。昔の人は、大変な思いをしてルート開拓をしていたのですね。ボルトラダーなどは、なん日もかけて築いた人が、いたから今のクラシックルートなども登れるのですから・・・右ラインで、登れるように頑張ります。とても、いいルートです。掃除に行きたいですね。S
    ▲2001年5月12日(土)越沢にて、ボルト打ちをするとのことで、見学がてら勉強しようと思い行ってきました。いざ行ってみると、ルート開拓しているじゃありませんか!私は、ウォールの掃除をすこし、しただけでしたが、懸垂中の作業は、結構大変だってことがよくわかりました。それと途中プルージックが、締まりすぎて動けなくなり、びっくりしました(結局プルージック切断)まだまだエイトノットを、度忘れするなど(/。\)イヤン!ハズカシイ)皆さんに、迷惑ばかりかけている始末ですが、地道に、がんばりますので、皆さんよろしくお願いいたします。「ネイビーブルー」いいと思いますよ!笑ったわけじゃないですよ……気にしないでください。『K』(C.C"昴")
    ▲"開拓"と言えば、「セッコクの花とボルト打ち」去年の6月のマコ岩で。途中、まさに高嶺の花のセッコクを、まじかに見られ大感激した。ボルト打ちをビレーしながら待つのはなかなか気長な仕事。時間切れで、数メートル開拓し既成ルートにつなげて一端上まで。
    今回、厳しい体勢でのボルト打ち(まだやってない)と、長いビレーを覚悟していた。ところが電動ドリルのおかげであっという間にボルトセットし「落石と泥んこと落ちてくるザイルと格闘」しながらも、後はクライミングを楽しんだ。
    開拓、とても面白かったです。開拓自体というより?のルートが・・・何とかなりそうなルートに挑戦できて楽しめました。
    今までにのぼっことのある越沢のルートは、頑張れば何とかなる感じが多かったような気がしますが「すばる」ルートはムーブを確実にしないと登れそうにありません。フリーの感覚が強いルートだと思いました。「すばる」ルートが面白くて、たくさん登りたくなってきました。 K
    ▲エートまだ汚れていてスタンスなど滑りそうでチョト怖いです。ムーブは面白いと思いました。アタックしてみてください。N(サロン"昴")

    第┃ 39┃回┃課題「すばる」ルート(2001/5/23)
    開拓ルートに挑戦してきました。(5/20)
    いやあ、指も手も腕も痛かった。開拓ルート挑戦は、いいのか悪いのか、力勝負?にして負けた。現在の実力では、うーん、仕方がないか。解決するには我慢することと、ちょっとつらい"MOVE"のようだ。どんなMOVE?ワッカリマセーン?くそっ。(ヒントらしきものは思いついたが、試してみても落ちるかも。ワッカリマセーン。)
    辛くなったので、室内壁式に降ろして下さいと言ったのですが、聞こえない振りをされてしまいました。「がんばれとか、汗を拭いていると聞こえてくるのです。空耳HOUR?仕方がないので、左へラインを読み替え高巻戦術にしました。この時何にも聞こえてきませんでしたので、そのまま直上を図ったとたんに「そこで右にトラバースして」だって。戻されました。この凹部へのトラバースも少し緊張しました。この私がズルをしようとした左の直上ルートは、今では廃れたクラッシックなルートなのだそうです。腐ったハーケンがありました。
    皆様が挑戦した時の感激を減ずることを恐れます。もう何も申し上げません。私は、最後もA0を使ってアルパインな抜け方をいたしました、とだけ報告します。口惜しいですがどうにも「固まってしまったビンの蓋でした(アキ・マ・セン!)」。核心部は全敗でした。まだクリーニングがそれほど充分ではないので、当分はゴーグルなんかも役立ちそうですよ。冗談です。
    私はルート名は「すばる/ネイビーブルー」がいいと思います。命名者はネイビーブルーをくっつけるのは止めようと言っていますが、私はよい名前だと思います。頑張って征服しようと言う気になります。おしまい。 U記

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■23 / 親記事)  「確保」と理論(2002/8/13更新)
□投稿者/ オジサン -(2002/04/18(Thu) 06:16:02)
    第┃ 26┃回┃「初めにゲレンデありき」(2001/4/11 )
    ●A君 ▲私

    A君 から質問。
    ●ゲレンデで、教えていただいたことをメモってみました。はっきりわかったと思っていたことが、書き出してみると既に何故そうするのかが曖昧になっている点が出てきました。再度、確認したいので教えてください。
    1、確保に関わって
    (1)支点がしっかりしている場合
       <確保機でエイト環を使用する>
       ダブルザイル使用時にチョンボ掛けの変形=大き目の安全環・小さ目のビナを使う:方法 
       <ハーネスにつけたビナにトップから来ているロープを通しターンさせる>
    ▲チョンボ掛けの変形はザイルが流れてしまうと言うことを理解してください。(フリーには向きません)カラビナでターンさせるのはザイルの向きが一定のため操作しやすい。(ザイルが持って行かれない)ただし、エイト環とターンするハーネスの間が有る程度ないと窮屈・・・その時出来ればセルフを取っている支点にテンションをかけている状態がベスト。なお、ボディに直接確保機を付ける場合は、セルフビレーの取り方(ディジーチェーン不可メインザイルでとること)・長さ(手が届く範囲にセルフポイントが在ること)に注意する事が必要です。(衝立岩の宙づり事件)
    ●(2)支点がしっかりしていない場合?
    ▲実際の岩場・沢等では最悪の事態の確保支点しか得られないことがあります・・・その場合、確保支点では自分自身の確保(セルフ・ビレー)のみにします。トップの確保は自分のハーネスの確保機(カラビナのグリップビレーがベスト(注・)。ATCは最悪!!)にならざるえないこともあります。
    ●(3)ATCがアルパインには不向きと考えられる訳?
    ▲アルパインでの支点の不安定性を無視して急激に止めてしまうため。「ダイナミックビレー」にむかない。ランニングの支点には墜ちた人の重みと引っ張っている(確保)力の二重の負荷がかかるので急激に止めると負荷が大きいのでランニング支点が破壊されます。
    ●(4)立ち木を支点にビレイするとき?
    ▲タイオフ等が必要な場合があります。

    第┃ 27┃回┃「初めにゲレンデありきーその2」(2001/4/12 )
    ●(6)ダイナミックビレーとは?
    ▲フリークライミングの広がりに伴って「死語」化している様な感がします。ランニングポイント(ハーケンとか錆びたボルト等)にかかる墜落のシッョクを緩和する方法を制動確保つまりダイナミックな制動をかけながらビレーすると言うことです。感覚的にはグリップビレーをしているときに強くあるいは弱く掴む事で制動をコントロールしますよね・・・つまり急激なショックを与えないでブレーキを掛けながら繰り出して墜落を止める事です。文部省の登山研修所から出している文献が詳しいですが・・・東京都山岳連盟の救助隊もATCを使っているそうです・・・本当にダイナミックビレーて「死語」になってしまったようですね・・・

    第┃ 51┃回┃「クライミングの面白さ・多様さ」(2001/9/3)     
    ボディビレーと支点確保ビレー
    制動を掛けることを前提に墜落距離が1m程度の場合はボディビレーは有効ですが、墜落距離が4m程度の場合は、落下率が小さい場合でも、制動距離1mで確保点のザイル張力は100Kgf程度となるために、ボディービレーでは体が浮き上がってしまう・・・その体制で制動を掛けることが難しいため。ランニングビレーに対する負荷を軽減する事が難しくなる・・・ボディービレーは不向きで、支点ビレーが安全。支点が確実で1ピッチのみ、又は支点(ランニング)間隔が非常に近い場合はボディビレーは有効。マルチピッチの場合は支点(ランニング)間隔が遠い様な場合があるのでボディビレーは有効とは言えない。固定支点による制動確保にするべきです。

    第┃ 65┃回┃ 「確保」について(2001/11/20) 
    ●"昴"メールへの質問
    _ >かなり前(9月3日)になりますが、ボディビレーと支点確保ビレーについて昴メールで拝見しました。先日、アルパインのロープワークを会の先輩から習ったの ですが、ボディビレーは行わず支点確保ビレーで登る方法でした。アルパイン関連のある本に、支点確保ビレーは「トップが墜落した場合、その衝撃 が直接、支点にかかり危険なうえ、支点の位置によっては確保機器が上にはね上げられ、アッパーカットを受けたり、腕や手がもっていかれ骨折する可能性があります。非常に危険ですので、いますぐやめるべきです。」と書かれていました。昴メールでは資料があると書かれていましたが・・・
    フリークライミングと・アルパインクライミングの確保がゴチャゴチャになりつつあります。「人工壁」で育った人にへ曲がった今にも抜けそうなハーケンへの配慮などありようもないですから・・・・アルパインの確保は条件によって様々な確保をするべきと思います。
    ・支点がしっかりとしたビレーポイントの時は「ボディービレー」は間違っています。支点確保にするべきです。
    ・支点が不安定の場合は支点確保は自己ビレーにとどめます。ただしトップの確保のボディービレーの仕方は(と、同時にセルフビレーの仕方も)注意が必要です。私の場合は「エイト環のチョンボ掛け」と言うやり方をしています、又、最悪の支点状態の場合(この場合は自己ビレーの支点が最悪だということになりますが)は、トップの確保のボディービレーの仕方はグリップビレーという形を取ります。
    資料は2つあります。一つは以下をみてください。
    ・「ザイルの伸びを考慮した制動確保モデル式による支点確保とボディービレイの比較他について」
    http://www.geocities.co.jp/Athlete-Crete/3778/kakuho/taniseki.htm
    を参照してください。

    > アルパイン関連のある本に、支点確保ビレーは・・・支点の位置によっては確保機器が上にはね上げられ、アッパーカットを受けたり、腕や手がもっていかれ骨折する可能性があります。 非常に危険ですので、いますぐやめるべきです。」と書かれていました。
    Hさんの「アルパインクライミング」と言う本だと思いますが・・・・(もう一つ・については)・・・ボディハーネスにカラビナをつけそれにトップのロープを通す形「リターン」する事により確保方向は一定に出来き、はね上げや持って行かれることは無くなります。(自己ビレーの確保はメインザイルで取ってください。間違ってもデージーチェーンで取らないでください。)それと一番大切なことなのですが、「本ちゃんや氷の確保」は「ATC」は禁止しています。ランニングビレーが破壊されます。講習会もこの辺のことを中心にしております。

    第┃ 86┃回┃ 「山岳共済保険の更新時期」(2002/2/25) 
    ●確保器 ATC
    :現在最も使われていると思います。フリー用としては最もシンプルで使い勝手がよいのですが、ダイナミックビレーには適しません。先日色々試してみましたが、通常のセットと反対向きにセットするとダイナミックに使えました。本チャン・アイスクライミング時は「逆」セットですね。

    第┃ 96┃回┃無雪期前期登山「教室」今月で終わり(2002/5/5)
    ●確保理論について 
    ボディビレイの有用さの大きなポイントとして「制動確保(ダイナミックビレー)ができない場合でも、ほんのちょっと体が浮けば、人体の緩衝効果で中間支点の衝撃が緩和される」との可能性が信じられてきていますが労山のHPに 「空中墜落するトップをボディビレイで止めるさい、ビレイヤ―の人体がはねあげられることによる緩衝効果の実測」が出ています。50cmくらいはねあげられたのでは中間支点での衝撃力はほとんど緩衝されず、80cmとか90cmとかはねあげられないといけないというデータです。この結果はこれまで「制動確保ができない場合でも、ほんのちょっと浮くだけで、人体の緩衝効果で中間支点の衝撃が大幅に緩和されるはず」と教えてきたことが誤りであることを示すものですので是非お読み下さい。
    http://www.geocities.co.jp/Athlete-Athene/6102/jwaf-7.html

    ●ペッツルの確保器「ルベルソ(REVERSO)」
    ペッツルが「技術的な更新」というタイトルで自動ロックモード時のダブルザイル使用方法に警告を発しています。
    8.5mm未満の濡れたロープを使用してトップが二人のビレイをする際、オートストッパーが機能しないというものです。
    カラビナを横にした状態で使用すると、場合によってはリテイナー(丸いガイド部分)にカラビナが引っかかり、オートロックが機能しないことがあります。カラビナは必ず縦にして、常に確認しながらご使用ください。
    また、大きい穴に使用する環付きビナは「「HMS」(ハンマスト用)を使用するように。
    D型カラビナを使用すると、2人のビレイを同時におこなった時に1人テンションが入った場合、もう片方のロープのオートロックが機能しない。または2人とも落ちた時、先にテンションの掛かっていたロープのオートロックが解除される場合があるそうです。
    http://www.petzl.com/petzl/popup/reverso-en.htm
    http://www.alteria.co.jp/reve01.htm

    第┃ 106┃回┃モントケン2(2002/8/13)                
    文登研での北村氏の内容を纏めてみました

    ●「確保理論入門」  北村憲彦
    サブタイトル「ロープを用いた確保技術を高めるために」(一部新保の方で手を入れています)
    1.墜落による衝撃力の発生と緩和

    1-1,墜落の高さと落下速度
    高さが2mからの墜落なら問題にならないかも?しかし高さが10mからだと時速50kmの落下速度が発生する・・・・ランニングビレー支点は墜落高を減らす役割。

    1-2,弾性確保理論(バネのようなロープの性質、落下率)
    登山用のロープは、引張力に対して伸びる性質・・・バネのように
    ローブの長さ(クッションの厚み)に対する墜落距離(高低差)という比率が大切になってくる、これを落下率という。
    落下率=見かけの墜落距離÷張力がかかる直前の繰り出されたロープの長さ
    落下率が小さいほど衝撃力は小さい。当然、落下距離が小さい方が落下率は小さいから衝撃率も小さくなる、又、同じ落下距離の場合なら繰り出されたロープの長さが大きいほど落下率を小さくできるので衝撃力も小さくなる。

    1-3,落下率からみた危険な瞬間
    ランニングビレーを一つも取らずに登ることは墜落距離も大きく明らかに危険である、ところが登りはじめの数mの場合はどうだろう、たとえば地面に叩きつけられることのないルートの途中ならば問題ないように見えるが、その時の落下率は「2」になり、衝撃力は大きい。
    落下率で考えれば1m登り始めてランニングビレーを取らずに墜落して2m落ちる時の衝撃力と10m登ってランニングビレーを取らずに20m落ちるときの時衝撃力は同じと言える(注:これは最大の張力と言うことであって、落ちるスピードは2mでは時速23kmなのに20m墜落すれば時速70kmを越えてしまう、この速度は墜落しきった時のロープのスピードでもあるから、摩擦熱も無視できない。ロープが全部の墜落エネルギーを吸収するまでまでの時間も長くなる、一瞬なら堪えられても数秒の間、はたして持ちこたえられるのだろうか?)
    必要だと思うところでは決して手抜きせずにランニングビレーを取る事が、落下高さと落下計数を減らす事になる。リードする人が自らのためにリスクを減らすのが第1の基本である。

    2.摩擦による衝撃力の減衰
    2-1,巻き付けることの効果
    ザイルがランニングビレーのカラビナに巻き付くことでロープの張力は減衰して確保者へ伝わる。巻き付けの摩擦抵抗によって張力を減少させることは、ランニングビレーのカラビナだけでなく確保器具(ATC)への巻き付けについても同じ原理である。(この式をオイラーの式という)(巻き付く面は足し算で理解してもいい)

    2-2,制動確保
    墜落の衝撃力のエネルギーは、ロープとの間で摩擦熱として失われる、ロープの流れ出す量は少なくとも緩衝作用を発揮する、従って厚手の革手袋(綿手袋)で摩擦発熱に耐えられるように備える。また、態勢を大きく崩さないように常に力のかかる方向を気にして構える。たとえ、体勢が崩れてもロープを離してはならない。落下係数が小さければ、少しだけしかロープが流れなくてもかなりの緩和効果がある。ただし、実際には(ロックしてはいけないという事は当然だが)無理にロープを流すものではない。

    3.強固な確保支点の設置
    ハーケンやボルト、カム・ナット・立木、ピナクルなどあらゆるもの、パーティーの命を繋ぎ止める錨(アンカー)を下さねばならない。アンカーの構築には確実性の高く、強度のある支点を複数設置する事。残置支点が不十分ならば、自分で打て!!
    さらに、それらを連結する。連結する角度はできるだけ小さい方が良い。そうすればスリングと各支点にかかる荷重の分担をできるだけ軽減する事ができる。基本はできるだけ均等な荷重かかかるようにスリングで支点を均等流動分散方式で連結する。

    ●菊地敏之著「最新クライミング技術 }( 2002年5月発行)について
    P41からの「ビレー」(ザブタイトル「New Standad Climbing Technics」)については明らかに間違っています。スポーツクライミングの発想からアルパインの確保を考えるという・・・短い墜落のフリーとアルパインでの墜落とを同じレベルでとらえるという様なもので・・・しかも意図的にかランニングポイントにかかる負荷については無視をしています・・・人工壁の支点が本チャンにあるわけはないのに・・・

    支点ビレーかボディービレーかは長い歴史の中で意見が分かれるところですが、ボディービレーが良いという例にスポーツジムで支点ビレーをしているところはない等と言うにはびっくりです。アルパインで、フリー感覚で支点を確認するという作業をする人が少なくなったという事、補強したりするということをできる人が少なくなったという事があるのは事実ですが・・・・(そもそもハンマー等を持参しない等論外)アルパインの場合は支点を構築する事から全てが始まります。そうことを学ぶ場所が無くなったという事だと思いますが・・・

    制動確保(ダイナミックビレー)を否定しスタティックビレー(静的確保)を正当付けるのは驚きで・・・(「新しいセオリーとなっている」との記述)。車の急ブレーキの危険性は理解できると思います。
    山岳会等が「確保の練習」等しないと言う事実に乗っかっての発想です。ブレーキ操作は「教習所」で訓練がいるように確保もそうだと言う事は理解できると思います。
    文登研の確保訓練所は誰でも申し込みさえすれば使用ができます。落下係数・支点にかかる衝撃なども測れます。もっと利用するべきだと思います。




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