山と登山技術

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■2 / 親記事)  ”昴”ニュース創刊
□投稿者/ オジサン -(2002/04/11(Thu) 22:29:24)
    "昴"ニュース創刊
    山岳会"M"が創立されたのが1996年 4月です。会員の大部分はM登山学校で学んだ人たちです。学んだことは基本的な事柄で、「自分の山」をやるのにはもう一歩、ステップアップが必要だと思い「昴」という講習会を始めました。会員の中には力を付けた人も出てきました。でも、この間のアクシデントを振り返ると、基本的な事柄が押さえられていればさけられたのではと感じることが少なくありません。もうすぐ冬山が始まりますので、技術的な事・感じた事、こうすれば良いのでは等、「昴」ニュースを創刊してみようと考えました。 (2000/11/7)

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■14 / 親記事)  「アイスクライミングへの誘い」
□投稿者/ オジサン -(2002/04/17(Wed) 07:26:44)
    第┃5┃回┃「「アイスクライミングへの誘い」(2000/11/26)
    穂高の屏風岩の小話です。
    その一:右岩壁「ルンゼ状スラブ」を登っているときのことです。夏だと右側の凹角に打たれているピンを使って人工で行くところですが左側のフェースに氷が発達してダブルアックスで抜けることができました。その後の三〜四級のピッチで40メートルにランナーが2〜3個(一個は自分でセットしたトライカム;ナットの一種)しか取れず、外形テラスにたどり着いたときはホッとして座り込んでしまいました。登攀中は、悪天候で・・・座ったままのビバーグとかしたのですが結局、終了点手前で下降しました。雪崩に怯えながら、横尾の小屋に戻ったときは充実感に満ちていました。横には「右岩壁の明峰ルート」を登りに来ていて風邪のため一人寝込んでいた吉尾さんが居ました。(冬は営林署の小屋を開放してあります薪もあり大体煙突の調子が悪いので煙たいのを我慢すれば最高です上高地の冬景色は一度は体験して欲しいです。・・・心に残ります)右岩壁は悪天候だったと言うこともあり強風の中ずっと塵雪崩の中を登っていました。僕らとすれ違いで登りに行った「明峰ルート」のパーティは晴天で冬季初登しました。
    その二:東壁の冬の人気ルートは「雲稜ルート」です。フリー有り人工有りでなかなか面白いです。扇テラスから人工登攀で登っていくと段々氷が発達してきて氷を穿ってピンを探すようになりました。此処からダブルアックスで行きました。いろんな人に聞いてみましたが、氷が全然ないときもあるようです
    が・・・ダブルアックスができる状態も有るようです。最後の東壁ルンゼは雪壁でした。(「東壁ルンゼルート」と言うのが有るのですが実際に東壁ルンゼに出るのはこの雲稜ルートです)左上の樹林帯のテラスに出てルートが終わりますが、ザイルはまだ取れません・・・
    「冬山(壁)にはドラマがあります」登れなくとも、登れても・・・何時までも心に残ります。
    感じたこと。
    ・夏は楽に行ける傾斜の寝た部分は残置が(雪の下で)見つからなく勢いランナウトしてしまうため難しく危険、逆に傾斜の立った部分は夏は難しくても支点があるためエイドで行けてしまうのでこなしやすく安全。
    ・岩登りばかりでなく、「氷」を処理するのが上手いクライマーが強い:ダブルアックス技術を取得する必要性。
    日本の場合「アイスクライミング」を学べる期間は本当に短いです。最近の暖冬のせいか、今年は例年より一ヶ月程「冬」が遅れているように感じます。「アイスクライミング」の世界は道具の発達と共にテクニックが変わってきています。シャフトが曲がったりしている物を見かけると思いますが、それに見合ったテクニックを学ぶ事によって使いこなすことが必要です。

    第┃ 12┃回┃「八ガ岳は楽しいな」(2000/12/4)
    土曜日は日帰りで「八ガ岳」に行きました。美濃戸口からは「林野庁」の管理している林道で、「一般車両通行禁止」ですが、奥(美濃戸)で生活をしている人の「生活道路」として扱われています。奥で生活をしている人たちが・・・「一般車両通行禁止」で入車してくる車の「駐車代」(今年から一日千円になりました)で生活をするというのもおかしいのですが、「林道」を勝手に駐車場としているのは酷いですね・・・
    八ヶ岳「裏同心ルンゼ」に谷川の中央稜に行ったIさんと行きました。中央稜の時は「講習生」でしたが今回はパトナーです。氷もバッチリで、今回は新しい「氷のアックス」シャルレ「QUARK クォーク」(昨年迄のモデルと今年モデルと二種類有りますが新型の方です)を試すためです。使用感は・・・今まで色々な物を試しましたが正直言ってこれ程「完成」された優れものは有りません。アイスクライミングと「ドライフッキング」(・)には最適の一品です。重さが650gです。私自身はアックスは軽い方が良いと思っています(被った所や長いルートを登るとわかります)、歯も最高です。改造なしで此処まで「完成」している物は、アイスクライミングの「グレード」を下げ、テクニックを押し上げてくれます。アイスクライミングの歴史は「道具」の歴史と言って良く、テクニックが道具によってスパイラルに変わってきています。
    傾斜の緩いところでベーシックな「シングルアックス」から始まって「バーティカルアイス」(垂直の氷)で最近のフリークライミングテクニックを応用した「フッキング」までやると「氷」は面白いと感じます。打ち込むときは「アックス」と手首と肩が直線になるようにします。一番簡単な練習方法は林の中で木の前に立ち間隔を30cm未満にしてアックスを打ち込むと効果的です。(隠れてやって下さい)傾斜が緩いと「誤魔化しで」登れてしまうのですが「バーティカルアイス」だとムーブが洗練されて、フリークライミングをしている感覚になります。ぜひ一度やってみませんか?
    大切なことは、氷でも岩でもやっていれば上手くなります。大切なのは「何が危なくて」「何が安全かを」学び理解することです。
    (注)・ドライフッキング 
    壁(氷ではなく「岩」)をピッケル・バイルを引っかけて登るテクニックです。

    第┃ 20┃回┃「先週の山行報告」(2001/2/1)
    大雪がすごいですね・・・現在(1月31日夜)の松本の積雪は50cmを超えているそうす。茅野の駅前あたりで70〜80cmの積雪があると思われます。
    先週の土曜日、松木沢に「K登山講師」のNさんと行きました。一癖も二癖もある方で朝は起きないわ、朝飯は「食べない」と言いつつ食事か゛終わった頃食べ始めるわ・・・ウーン「山屋」かな?と思ってしまいました。(朝は早立ちが原則ですね・・・)人はいい人なのですが口が先に生まれたような人で思ったことをストレートに出してしまうような人ですが反面教師して学ぶことが多かったです・・・
    「アイスクライミング」が好きだと言うことでしたので「学ぼう」と思いましたが、逆に宿題を一杯出して来ました。ここしばらく講習生が少なく暇を持て余して困っているのですが、こうした講師同士での学び合いは必要ですね。「技術」その物がドンドン変化したりしていることを自覚できなければ教える内容も干からびた物になってしまいます。
    翌日曜日は講習の予定でしたので6時間かけて「袋田の滝」に行きました。「袋田の滝」は悪天候で水量が増えたため氷はすべて溶けてしまったようです。袋田遊歩道を登って「袋田の滝」の上100m位上に有る「生瀬の滝」(25m)で、講習を行いました、ベーシックなシングルアックスから初めてバーチカルなフッキング迄やるつもりが場所が狭い上に足場が悪く中途半端になってしまいとっても残念です。
    現在最もテクニカルな「シャルレ」のアックスコンビーネーションシステムを学んでもらうことをメインにしましたが、講習生に「氷は道具」と言う原則を理解してもらうことも出来たかどうかも疑問で、今回は色々考えさせられました。アイゼンが最悪で丸まった短い歯のアイゼン・道具を色々試して自分の物を改良していくことを認識してもらいたかったのだけども、そこまで出来たか?・・・

    第┃ 22┃回┃「美濃口角木場地区氷爆」(2001/2/21)
    T山岳連盟の「冬山初級教室」の手伝いで八ガ岳「美濃口角木場地区氷爆」に行って来ました。「冬山初級教室」との関わりは、私に「氷」を教えてくれたK先輩が「冬山初級教室」の担当でしたので声が掛かったというわけです。今回、Oさんと二人で手伝いに行き2月17日(土)〜18日(日)同場所にて「氷」の教室を行いました。
    T山岳連盟は「事業」という事で「教室」を行っています。加盟団体の分担金が年度初めになかなか集まらなかったので「運営資金」(T山岳連盟独自財源)を捻出する為と「中高年」の事故対策という事でやっているようです。(日山協共済から独立したT山岳連盟「共済」という山岳保険も、「日山協」の山岳保険だと利潤がT山岳連盟に入らないためです;この結果「競合」が起こり保険内容が改善され保険料が安くなりました)以前は初級→中級というコース(最終的には山岳会を作ってT山岳連盟に加盟させる)があったのですが、今年は初級教室でお終いになったようです。生徒が大変残念がっていました。
    2月17日(土)、カッキング(・)・フラットフット・シングルアックス・ダブルアックスのトレーニング
    18日(日)この場所は私達が発表したのですが、美濃戸口バス停から徒歩15分という近場に拘わらずまだまだ知られていないようで貸しきりでした。20m近い氷柱(大同心「大滝」より難しくて長いです)が見事に三本出来ていて、此を前日に初めて「アイスクライミング」した講習生(7人)が全員三本とも登りきりました・・・勿論「自分の道具」を持っている人は少なく借りてですが・・・良いゲレンデは良いクライマーを育てます。
    傾斜が寝たところだけで「アイスクライミング」を教えるとアックスをチャンと決めることなく誤魔化しで登れてしまいます。
    (注)・カッキング
    氷を「カット」します。ピッケルのブレードを使って・・・

    第┃ 24┃回┃「ひな祭」(2001/2 /27 )
    ☆ 一月〜二月は天気が悪いので頭を切り替えてフリーとかアイスクライミングとかにした方がいいように思います。(荒川出会三ルンゼ夢のブライダルべール95.3)
    ☆ アイスクライミングのテクニックは冬壁のテクニックにとって必須です(唐沢岳幕岩S字状ルート93.2)   10:30〜3:30

    第┃ 67┃回┃ 「冬2」(2001/11/29) 
    ●八ガ岳に11月の連休に行きました。以下報告(H記)
    23日から25日までの連休を八ヶ岳にこもり、楽しんできました。23日は、先生二人と私、生徒一人というすごい環境の中で、小同心クラックを快適に横岳の頂上まで登りました。 しかし雪が全くなくて少しがっかりしましたね。
    24日は、生徒が二人増えて、皆で裏同心の氷を登りました。久々でしたが斜面が立っていないので、感触が心地よく意外と快適に登ることはできました、・・・・・がフリークライミングの登り方・・・・打ち込んだピックの下に体を入れる、そして上半身を少し斜めにして次の手をできるだけ高めに打ち込んでいく・・・・・・はまだまだスムーズにできませんでした。また左手が不得意で、どうしてもブレるので数回振り下ろさなければならないのがいつもながらいやになります。今年の冬は、左手の一発を決められるようにしたいと思っています。
    この時期、2日間も氷に触れることができて嬉しかったです。ただ余りにも暖かな連休でしたので、寒さ対策、手袋対策が自分なりに真剣さが足りなく、その点反省しています。2日間のテント泊の中で、冬山テント生活のちょっとした工夫や、注意すること、他に山の体験話を沢山聞かせていただけて大変有意義な、楽しい3日間でした。

    第┃ 69┃回┃ 「冬3」(2001/12/3) 
    ●八ガ岳に11月の連休に行きました。以下報告( N記)
    24日から25日までの連休を八ヶ岳で、楽しんできました。普通に赤岳に登る予定だったのが後輩が乗り気でないのと、何度も登ったことがあるので、急きょNさんにアイスクライミングを教わることにした。立て込んでいたので、赤岳鉱泉に着いたのは02:30、さらにテントのポールが折れていたので、寝袋に入ったのは04:00頃になってしまった。 土曜日は裏同心に行きました。最初の滝の少し手前でアイゼンを忘れたことに気付く。情けなかった。いつもと違い、しっかりした人がいるとどうも気が緩んでしまう。アイゼンをとってきて、最初の滝を登る。アイスクライミングは滝登りであることを知る。NさんとOさんにいろいろ教えてもらう。フリークライミングと同じようにホールドを握る手の下に身体をもってくると登りやすいと教わった。ところが慣れていないので、スタンスが乏しく、効率的な動きができない。あれこれ試すうちに、水涸れに着いてしまい、ここで遡行修了となった。途中、御岳や遠くの山並みが見渡せ、いい景色が見れた。こういう時間が好きである。水が無くなってから下降までは、やっぱりだるく感じる。有意義に過ごせないものか。
     日曜日はまた裏同心でOさんに色々習いました。リードの練習をした。アイスハーケンは意外とすんなり入る。どのくらいの支持力があるのかさっぱりわからない。最初、バイルにぶらさがってハーケンをセットしようとしたが、腕がパンプするので、バイルのひもにぬんちゃくをかけ、ハーネスとつなぐこと
    を教わった。ちょっといんちきくさく感じた。また、バイルのうち方を何通りか教わった。ポイントは、手首を固定して打ち込み先に集中することでした。でも、最後の方は疲れのせいか、左手の打ち込みがぶれて思うようにいかず、ふがいなく感じました。トレーニングが必要だと思いました。 初めてのアイスクライミングはとてもいい経験になりました。帰ってから、ルート集をみていたら、実は氷登りはすごい面白いのではないかと思うようになりました。今年はもう行けないけれど、新しい楽しみが増えました。今度は垂直の滝というのを登ってみたいです。

    第┃ 75┃回┃ 「山だより4」(2001/12/19) 
    今年も後、一週間あまりです。
    12月15〜16日八ガ岳南沢に行きました。寒気が厳しくて寒かったです。
    ●八ガ岳南沢
    寒波到来かと怯えながら入った八ヶ岳、南沢でした。2日目の日曜日は、風もなく穏やかな氷登りにぴったしの一日と言えども、やはり寒かったですね。今日もまだ手をしっかり握れない状態ですが、2日間の氷との格闘がその両手にじんわりと感じられてすごーく心地よいです。
    1日目は、寒さに震えながら小滝での練習・・・・15m位でしょうか、でこぼこ状態で登りにくーい・・・下手な上に文句言ってる・・・・。
    2日目の大滝は、見るからに素晴らしい、十数mの大きな斜面の上に更に15m位の垂直の壁がそそりたっていて、登ってみた-い、と生意気にもすぐ思ってしまいました。まさにマンツーマンの指導を頂きました。
    1、氷の上り方、2ランナーの取り方、3、道具類の重要性 3、手入れ 4、氷斜面の下り方 等々講習内容盛りだくさんで、しかも本チャンの中での指導は、その場ですぐ結果が見える状況なので、氷の初心者としてはどれもびしびしきました。
    〇課題がいっぱいです。
    登り方・・・バイルの打ち込み方が、肩から腕の一体で振り下ろしていないので、左右にブレてきれいに決まらない・・・これは特に左手・・・腕を伸ばした状態で足を上げていく・・・フリーと同じ・・・何度も注意あり・・効いている方の手が(゜o゜)の前に(※私注:顔の前)来るようにすると次の手が打ち
    込みやすい(特に立っている壁は、そうしないと振り下ろせない)※マスターしたいものばかりです。ランナー・・・今回フィフイをバイルに引っ掛けて、両手を使える状態でハーケンをねじ込む練習をしましたが、このやり方をスムーズにできるようにしたいです。(※私注:二通りあります・「牛の尻尾」という
    フィフィを使うやり方 ・フリーを意識して片手を伸ばしてぶら下がって、ぶら下がっていない方の手で腰の辺りに取る)道具・・・今回、氷の登攀用に靴を新調しましたが、軽くて、フィット感があ
    り気に入りました。(※私注:スボルティパ社のジョフロウデザインの革靴は寒いですがもっとも最適な靴の一つです、価格が高いのが玉に瑕ですが・・・42000円?!)アイゼンのつけ方も覚えておきたいです。(※私注:ワンタッチアイゼンをセットする場合セットの仕方があります) ・・・アイゼンやバイルの選び方・・・。
    今後も更に道具が変わっていくだろうとのこと。(※私注:新型のものが最もベストですよ・・・)ちょっとした小物の工夫に・・・「ワァーいいな、これは便利!!」と見せてもらって感動、・・・絶対欲しいお助けマン・・等々。(※私注:手製のフィフィとランナー用アイススクリューハーケンのセット器)手入れ ・・・・これは怠ったら最低!! どんなにいい物持っていても、役立たず。常にやすりを携帯のこと。(※私注:ピッケル・バイル・アイゼンの研ぎ方)    
    氷斜面 ・・・・下手でしたねー。氷が硬くてアイゼンが効かない気がして怖かった。怖がれば更に後ろに体が引けて実はもっと危ない状態になるのに。(※私注:フラットアイゼン/フランス語の「ピェアンカナール」(アヒルの足)というテクニック)このほかにもNさんの豊富な知識・常識など、随所で沢山おしえていただきました。南沢大滝の硬い氷は、一振りごとに氷が欠けて落下し、下にいても緊張がとれませんでした。もちろん自分の顔にも降りかかり、こんな危ないことなんでやるんだろうって思うのですけれど・・・・ね。氷に思いっきりぶつけた手の甲が赤く腫れていますが、この様にならなくなる
    のは何時の事でしょうか。 ・・・・・・・・・・・・・H

    第┃ 80┃回┃ 「小春日和」(2002/1/16) 
    ●1月12日(土)南ア・長谷村・巫女淵の恵美之滝に行きました。林道が全面凍結の上に私の4WDの車の底を擦る雪積で轍はあるのですが、雪崩の跡に出くわして、引き返してきました。翌13日は美濃戸口の氷柱でトレーニングをしました。例年よりやせていていい状態とは言えませんでしたが、南沢大滝より難しいので中味が濃かったと思います。リードの練習をメインにしました。14日は御坂の千波の滝を偵察しましたが、全体に薄く下部が切れていて登攀不可能な状態でした。
    以下感想
    ・今日は一段と小春日和になりました。氷を求めて三泊四日の旅、結果的に中一日だけのトレーニングとなりましたが、有難うございました。馴染んできたアイゼンを変えたのですが、一回目からもっといい感触があるに違いないと安易に思っていただけに、ズルズルと足が決まらなかったことに、あれあれ・・・・って感じでした。もちろんアイゼンのせいではなく、技術的な問題なんですけれど。「氷は怖い」、言いながらもっと神経を使わなくてはいけないところが確かにあると思いますが、無知がゆえ・・・それがどういうことにつながるかということがわかってないんだと思うのです。こんな私ですから、Nさんの慎重さは、本当に信頼でき安心です。氷登りの万全を考えると更に装備が増えることは確かな上、その他自分なりに装備工夫もあっていいかな、などと思ったりしました。氷は時期が短い上に回数が少ないので、考えていると終わってしまいそうです。 また氷登攀の場合の支点の取り方(氷、雪を使って)など教えていただきましたが、その支点は2tまでは大丈夫ということですが、半信半疑の私でした。氷の世界は、全て氷と相談ですね。本当にまだまだ経験が浅い私には、危ない世界です。・今回の感想としては、道具の工夫が、重要だと思いました。フィフィも作らなければ、成りませんね。

    第┃ 83┃回┃ 「山は豪雪です」(2002/2/7) 
    先週末八ガ岳に入ってみました。土曜日は摩利支天を目指しましたが一本手前の沢の右俣の滝を登りました。ラッセルがきつく三時間掛かりました。氷もガラスのように硬く手つかずという事もあり難しく感じられたと思います。摩利支天は次回ですね・・・
    ●2/3(日)、八ヶ岳でアイスクライミングを体験しました。冬山自体初めてなのでかなり不安でしたが、アイゼンやピッケルの基本的なことや、アイゼンは少し外側にずらして履くことなどの工夫も聞けてとても勉強になりました。見た目も(私なりに感じた)危険度もまったく違いますが、氷はクラックを登る感覚と似ている気がしました。終わってから、今回の登り方以外の登り方、利いている方の手(?)の下に身体をもっていって次のホールド(?)を取りに行くこと、
    また、氷がクモの巣状になるような場合は2,3回軽く打って少し深くなったところで強く打つと良いことなどを教えて頂き、次回チャンスがありましたら試してみたいと思います・・・・次回はせめて話が通じる(言葉で理解できる)くらいに勉強をしてから行きたいと思います。

    第┃ 84┃回┃ 「山は冬」(2002/2/10) 
    先週、T山岳連の冬山教室の仕事があり、講演しました。テーマは「アイスクライミング」参加者は例年20人位なのに本年は50人もの参加者があるそうで、来週はジョウーゴ沢で実技で、講師が20人に3人位ですかね・・・チョト大変です。T山岳連事業部で動く金は3百万を越えるようです・・・

    第┃ 85┃回┃ 「冬ヤマ」(2002/2/19) 
    T山岳連の冬山教室でジョウーゴ沢と南沢の「小滝」に行って来ました。生徒が50人いて、講師が7人というのはどうしても無理があります・・・赤岳鉱泉をベースにした今回、実働講習時間は入山日は半日、最終日は解散時間2時半頃のため半日という事で効率が悪いです。入山日のジョウーゴ沢はほとんど
    埋まっていて・・・あまり「フラットフッキング」に適しません・・・それでも何とかやれてホットしました。「事前」に上の方に行くなと指導を受けていたのですが「埋まっている」という事で「ナイアガラ」の滝まで行くのを黙認して貰いました。(ナイアガラまで行ったのは7人位ですが・・・)。赤岳鉱泉の夕食あまりに豪華で「テント」泊はしたくなくなります。(一泊2食で8000円は安いですね、しかも鍋とカレーライス・サラダで美味しかったです。)「小滝」は体験をして貰うと言うことがメインでしたが・・・テクニックを一人一人にあわせてすると言うところまでは出来ずそれでも一人最低でも8回位は登れたので体験は十分出来たのではと思います・・・
     
    第┃ 86┃回┃ 「山岳共済保険の更新時期」(2002/2/25) 
    ●美濃戸口「角木場地区」の氷爆群が注目されてきました。雑誌に発表した立場で何点か注意をお願いします。一部にボルトを打ってリードの支点を作るという方も出てきました。トップロープの支点部分が過去2回位崩壊しています。壁のハング下の部分は流水口になっていて(ボロボロです)そこからの水流で氷柱が出来るという構造上「支点」の位置は細心の注意がいると思われます。私はボルトを打つことをあきらめました。又、河原から向かって左側の氷柱は直径1メートル位まで成長する事が有りますが、下まで届くことは希です。気
    温が上がると前触れもなく剥離落下します。(左側がチョトした「ピエ・ア・プラ」の練習に適しています。又、写真を撮るベストポジションになるようで過去に何度もあわやという場面を見ています。)これから使用者が増えると思われますが左側におられる方を見かけたりしたときは危険ですので、注意していただけませんでしょうか。

    第┃ 87┃回┃「摩利支天沢」の大滝(2002/3/5) 
    3月3日ひな祭りに日帰りで八ガ岳「摩利支天沢」の大滝に行ってきました。此処暫くの暖さと、雨で大分発達したようです。登りやすくなっていました。取り付きの摩利支天沢は慣れないと解りづらいです。阿弥陀の北西稜のアプローチの沢になっていて、樹林帯の中の登山道から入ります、出合の木に「黄色」テープが巻いてありました。入るとすぐ沢床が開けます。沢がくの字に曲がるとハング帯から20mの滝がドーン落ちていてインパクトがあります。滝の落ち口のすぐ右の木で懸垂した跡がありましたが危険だと思いました・・・他の支点は雪壁を15m登ったところにあります。ダブルザイルが良いですね・・・
    アイスクライミング2回目(T山岳連の講習で知り合った方でC.C"昴"に入会)の方が登りました。道具の進歩は初心者でも「6」級の氷を可能にしてしまうという事ですね・・・

    第┃ 88┃回┃「摩利支天沢」の感想(2002/3/8) 
    ●<アイスクライミングは面白い>
    3/3日 アイスクライミング2回目にして無謀にも八ヶ岳「摩利支天沢」の大滝にチャレンジしてきました。私がアイスクライミングに出会ったのはつい最近の事です。 私はいまT山岳連が主催している冬山教室で学んでおりこの講習の一環としてアイスクライミングに出会いたちまち虜になったようです。そんな訳で「昴ニュース」から目敏く今回の機会を得ましてチャレンジしてみました。
    3/3 日 空気がピーンと張り詰めた美濃戸口「八ヶ岳山荘」前お仲間2人と合流美濃戸まで車で出発です。車の輪立ちがすごいです。もうパリパリに氷結しています。前回の講習時歩いた事を思えば楽チンなのであります。途中歩いている人に出会い同乗させました(優しいんだナ〜と感心してしまいました)美濃戸から南沢を摩利支天沢めざしてスタート右岸左岸と渡り歩いて南沢大滝入り口で一呼吸、更に進む事20分位かな? 待望の摩利支天沢に取り付きました。かなり深い積雪が有ったりしましたが頑張って進むと10m位の滑滝が有りロープでフィックスしてもらいながら事通過しました。更に登る事20〜30分ぐらいかな? 途中夥しい量の氷の塊が堆積しておりました(かなり深かったです)見えた〜!!大きいです。とてもBigです。更に近ずくと20m以上はあろうかと思われる大きさで 両岸とも垂直に切り立っています。氷壁も中央はややこんもりしておりますが 左右は氷柱状で滝全体の1/3ぐらいを占めています。氷柱左サイドから取り付いたNさんのテクニックをじっと観察しておりました。やがて私の番になり お仲間に促されながら前回習った事を頭と手と足とに確認させながら取り付きました。「左足はもっと左」「右手はもっと上に」「右・右・もっと右に回れ」等と適切な指導を受けてやっと登りきりました。更にもう一度チャレンジし 成功させましたが本当に充実したクライミングでした午後3時ごろ終了足取りも軽く帰路につきました。少しの自信を土産にして。これもNさんとお仲間の適切な指導のお陰と感謝しております。ど素人の私に正に手取り足とりでハーネスの装着・クランポンの正しいはき方・ロープの結
    び方歩き方まで、親切丁寧に指導していただきました。そして 私に楽しみを一つ下さったのですから。これからも 機会あるごとに指導を仰ぎ 少しでも技術の進歩を学びたいと思っています。以上超ビギナーの摩利支天沢大滝クライミングの顛末です。(K)

    ●摩利支天沢大滝・・・良い経験になったと思います。
    Nさんの工夫されている・長さを調整できるフィフィと・スクリューを回しこむハンドルの付け方(私:手製)は、感動しました。今回は使わせていただくチャンスもなかったのですが、是非試してみたいと思いました。打ち込んだバイルを握っている手を顔の前にもってくるよう体重を移し、手と対角に足を置くというのも、やってみるとバランスがとれて、非常に安定し且つ安心して登ることができました。でも、まだまだそのバランスを保ちながらずっと登っていくことができるほど摩利支天大滝は甘くはありませんでした。私にとっては、あんなに固い氷は初めてでした。でも、右手のクウォーク(Nさんに借りた)が決められないのに、左手のカジタ(自分の)が決まると言う不思議な現象を考えると今回の固さは、それほどでもなかったのかもしれませんね。クウォークは最高とも聞いていますが、私にとっては長さ的に合わないのかも知れません。(カジタは短くて軽い)正直、今回「アイストレーニング」のつもりで参加したので2本しか登れなかったのは残念でした。あの難しさでは仕方ないのでしょうが。もう数本、のぼりたかったです。せっかく教えていただいたことを、取り込みながら登るのは2本目に少しできただけでしたから。ルートとして登るなら、詰めて稜線まででるとか、ピークに立つとかしてみたいです。それでも、一月ぶりの山で嬉しかったです。でも、現段階の私にはトレーニングとしては難しかったです。加えて、2本しか登れなかったので教えていただいたことを繰り返し練習することが思うようにできませんでした。(K)(以下、私記)八ガ岳の氷(南沢大滝等)は4月初旬位まで可能です。(場所によっては雪崩の危険有ります)暮れの11月下旬からトレーニングを積み重ねて、一応、今回締めくくりと考えていました。参加される方との「ギップ」が有ったので今後は出来るだけテーマをハッキリさせるよう努力します。
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■16 / 親記事)  「アクシデント」更新2003/1/17
□投稿者/ オジサン -(2002/04/17(Wed) 20:09:12)
    第┃8┃回┃「アクシデント」(2000/11/29)
    *私の尊敬する「吉尾弘」さんが滝沢リッジで亡くなりました。・・・。
    昔のことですが夏のヨーロッパアルプス・フランス・シャモニのロジェールキャンプ場で吉尾さんのプトレイ・ノワール南稜(確かルートは72P有ったと思います)を登った時の話を若いパトナーから聞いた事があります。「フリーなら私の方が絶対上手いのです、でもトップを譲ってくれない」。その話を聞くまでは「好好爺さん」と言うイメージでしたが・・・すごいなと思いました。体力・年齢等・・・、そこそこの事で満足をしてしまうのですが、彼は違った、クライミングに対して「純」な人なんだと驚き・・・そしてその驚きはすぐに憧れになりました。厳冬期の滝沢リッジで力つきて亡くなられてしまいました。「純」に生き抜いた人だったと思います。
    *基本的な事柄を学びトレーニングを積み重ねて、高みに思いを寄せても悲しいことに、「アクシデント」は有るのが実状です。つい最近(2000/11/23)も、穂高の明神東稜で「どんぐり山の会」の方が残置のフックスロープが切れて亡くなられました。個人として出来る手段は講じておくよう切に感じます。山岳会に入っている人は山岳保険には入っていると思いますが、チョット保険の話をしてみます。
    *労山遭対基金・都岳連共済等様々な山岳事故対応の「保険」「基金」が有ります。労山の「遭対基金」が事故が多発しないので有れば一番優れているように思います。保険ではなく積立基金です。詳しいことはそれぞれの専門の人に譲ります。一般の生命保険等ですが、契約条項で「山岳登攀」を除くと言う項目を楯に支払いを拒否された場合が実存します。「でない」と無意味です。出るかどうか担当の方に確認をしておいてください。なお、郵便局の簡易保険・ALICO等は大丈夫な様です。(**)たとえ「出る」という事が前提でも以下の様なことがありました。
    その一:山岳会"M"の会員で冬の八ガ岳に行きました。悪天候で凍傷を負い、指を切断しました。保険請求事務は所属山岳会と請負保険会社とで行います。保険会社の担当者は当初「凍傷は病気」だから保険対象外だと言う対応をし、支払いを認めさせるのに一年間かかりました。
    その二:城ガ崎にフリークライミングに行き(届出は電話連絡だけでしたが)「車の中でガスコンロ(ランタンだったけ?)を使用した形跡を残して、ガールフレンド共、一酸化中毒?(解剖していません)死亡」地元新聞は「自殺?」と見出し・・・(これはガスボンベ使用中の事故と思われます)所属山岳会(山岳会"M"ではありません)が保険会社との交渉を放棄した。(というか請求自体を忘れていて・・・そのまんまです)ガールフレンドは無所属。保険は請求しないと出ません。個人で保険に入っている人は自分以外の人に「請求」事務をキチンと説明しておかねばなりません。たとえ請求まで行っても保険会社とやり合うことが必要な場合もあります。
    「事故」の後始末は個人で出来るレベルを超えます。(別な機会にもっと詳しく書きたいと思っていますが)山岳会は「事故」結果から会員を守る「防波堤」の役割を果たさなければ成りません。
    攀るだけでなくそうしたことも学んで欲しいし、学んだことを活用して欲しいと思います。
    (**)どの保険会社も、表向きは何でも扱うよう宣伝はしていますが、実情は「内規」で「山岳の捜索費用など」は扱わない事が謳われています。日山協等と保険会社との契約の山岳保険は「特殊」なものとして捉えられています。「郵便局の簡易保険・ALICO等は大丈夫な様です」の中身は「山岳登攀を含む」山岳事故で支払いをしているということです「主に死亡・高度障害」を指します。植村直己さんは「郵便局の簡易保険」から支払いが出たと聴いています。ALICO等を扱っているYMJ(ワイエムジャパン・0422-55-8486)の宮川氏の話だと、アリコの場合、免責日が0日で保険加入が簡単で、他と比べて保険料が安いようです。

    第┃ 11┃回┃登山届出と「役所」(2000/12/ 7)
    山を歩いていると尾根が何処までも続いています、この尾根が県境のことが良くあります。県境というのは実は厄介な問題を孕んでいます。事故の「窓口」は、おおむね県警外勤課なのですが、県境で所轄が異なると言うことです。この縄張りは厳密に守られています。例えば穂高で事故が発生すると、飛騨側だと岐阜県警(高岡署)の所轄で上高地側だと長野県警(豊科署)の所轄です。しかも「山岳事故」に理解がある人は「長野」「群馬」「富山」の山岳救助隊員位で、一般の警察官は一般人のレベルの認識しか有りません。「山岳事故」は「迷惑」をかけていると言う認識が一般的で、「警察」の事故者への評価は、まず「登山届出」を出しているのかどうかから始まり、その次は「山岳会」に入っているかです。二県にまたがる山域の場合両方に登山届出を出しておいた方が無難です(登山口に登山届出鰍ェないこともありますので県庁所在地の警察に郵送すればいいです)。
    登攀と縦走(ハイキング)を比べると、事故があったとき、登攀の場合は有る程度場所が特定できますし、もともと「危険」と言う認識なので「登山届出」等は提出されることが当たり前です。ハイキングの場合、(山岳会の指導・教育の結果)届出が自覚的に出されない限りほとんど提出されません。特に「単独者」の「行方不明」事故はそもそも「山」に本当に入山したの?と言うことから始まってコース自体わからないので捜索の範囲は無限と言ってよいです。
    山岳事故の救助等は、実際は地元山岳会に委託している所が大方の実情で「民間協力隊」と言う言い方をしています。
    「役所」の救助隊は奥多摩などは奥多摩警察の山岳救助隊があります、ただ実体は「一般警察官」と考えた方が良いです、面白いことに消防署の中にも「救助隊」が有ります、「役所」ですので届出が有れば当然出動してくれます。警察官で登山をしている人はあまり知りませんが、消防署勤務の方は結構知人にいます。警察より消防署の隊員の方が「山岳」に詳しい?のではと思います。
    以前、5月にご本人にとっては初めての山=「雲取山」に「単独」で行かれた男性の捜索救助に拘わったときは奥多摩警察と消防署にそれぞれ協力をお願いしました。その時は「縄張り」を越えて動いていただいた経過があります。
    自衛隊への救助は「死亡」が確認されている場合は出ません。ただし医療行為可能な人が「死亡」を確認する以外は、「生死不明」で良いと思います。

    第┃ 12┃回┃「八ガ岳は楽しいな」(2000/12/4)
    12月8日(金)の夜、労山の「望年会」に行ってきました。労山隊として来年「K2」を目指すと言うことを聞きました。常に山に取り組むという基本姿勢は何時までも大切にしていきたいものですね。山への「パトス」を持ち自分自身に「ネジを巻く」と同時に組織として実現をしていくことは当たり前なのだけども難しいですね。
    「K2」を舞台にした「バーティカル・リミット」を日曜日に見ました。私の場合「悲しい映画」と感じました。「岩場」での宙づり事故で「子供」を助けるために「命綱」を切るよう子供に命令し、墜落して死んだ親父。「K2」でアクシデントの「宙づり事故」で仲間を助けるために「命綱」を切って墜落していった名クライマー。山をやっている者として「古くて新しき」命題ですね・・・「エベレスト」「K2」の大量遭難事故の記憶がまだ新しい中、生存者から事故の生々しい「描写」が報告されていますが、それが映画にも取り入れられていて・・・エベレストで亡くなられた知人の難波康子さんのことを思いだしてしまいました。

    第┃ 16┃回┃事故とマスコミと「うるう日付処理」(2000/12/26)
    山岳保険は下山予定48時間経過してから「遭難」として扱いますからその時点から「保険」対象になります。その前は「遭難」としてみませんから48時間経過前に事故想定で動いたりした場合で「事故」でなかった場合は掛かった費用は対象外です。(「山岳会」の方は通常48時間経過するまで待っていません下山予定日の翌日夜に早くて一次隊を出すようになります:冬の場合下山が2日遅れるのはそんなに珍しく有りませんので、諸条件を検討することになると思いますが)
    例外として48時間経過していないにも拘わらず明らかに「事故」がわかっている場合は対象になります。例えばパーティーのメンバーから救助の依頼が入ったとか、又はマスコミ等で「遭難」として報道され「遭難」が既成事実化した場合などは此に当たります。
    山岳会"M"の会員が悪天候のため下山予定を一日オバーして、ビバークの後自力下山をしたことが有ります。下山予定が来たのに連絡が無いので「家族」が「警察」に相談した結果、(警察が家族に)捜索願を出させて現地県警が「遭難」として動き、結果としてマスコミに「遭難」報道がされたことがあります。家族から「会」の方に連絡が取れなかったので、警察が相談相手に担ったため、「山」の素人がすべてを判断してしまい、会が気づいたときは「民間協力隊」・へりが動いてしまっている状況で当然マスコミに「遭難」で流されてしまった後です。この時は下山予定日から6時間経過しないうちに警察に「捜索願」が出され動き出しているわけですが、新聞沙汰になったため「保険」の対象になりました。(保険会社とやり合っています)
    「家族」は一番の相談相手は「警察」になるのは通常ですが「山」の場合、警察は素人でしか有りません。山に入った本人達は自力下山したにもかかわらず、回りに多大の「迷惑」をかけてしまい・・・「山」にいけない環境になってしまいました。「悪天候」で下山が遅れたというのは下界の人には「理由」になりません。特に勤めている人にとっは「無断欠勤」というのは「理由」を問わず「反社会」的な事ですので、会社・家族には「会」の方から事情を説明してあげる必要があります。
    欧米のように「山」に入る人たちに「サー」を付けて「冒険」するチャレンジャーとして尊敬・敬うという土壌がない日本の場合は「迷惑」をかけたということなのです。・・・
    ところで、昨年あれ程騒いだ「Y2K問題」・・・今年はマスコミはあまり騒いでいませんね・・「Y2K問題」とは、コンピュータ西暦2000年問題の略称で、2000を意味する「2kilo」と年の「Year」を組み合わせたもの。なぜいまさらこんな話をと思われるかもしれませんが、実は間もなく訪れる「世紀越え」の瞬間にも、同様の問題が起きうる可能性があるのです。「うるう年問題」と呼ばれるものがそれです。ご存じの通り、うるう年は暦のずれを調整するため、4年に1度設けられます。しかし、実際にはさらに細かな調整が必要なため、100で割れる年は、うるう年にしないという決まりがあります。だが、さらにややこしいことに、100で割れても400で割れる年はうるう年という取り決めがあるため、結局のところ西暦2000年はうるう年となるのです。このうるう年の法則は「Zellerの公式」と呼ばれているそうです。Y2K問題はプログラマの常識だったのですが、このややこしい法則をどれだけの人が理解していたか? 2000年のうるう日付処理を勘違いしたプログラマが作ったプログラムは、Y2K問題を抱えた機械同様に誤動作してしまう。「Y2K問題」よりも極めて危なっかしいのがこの「うるう年問題」だと言い換えることはできないでしょうか?実際、うるう日であった今年の2月29日に多くのトラブルが発生したことを記憶されておられる方も多いはずです。既にうるう日に発生したトラブルで、ほとんどの対策は取られたはずですが、この年末年始が「危険日」であることに違いはないです。この日に何が起こるかは誰にも予想できない・・・。町でも山でも何が起こるかわかりませんね・・・

    第┃ 17┃回┃「ゴウロクゴウセツ」(2001/1/9)
     昭和56年の時、「豪雪」で電車は止まり、車道は通行止めになり交通機関が全滅の時がありました。俗に「56豪雪」(ゴウロクゴウセツ)と呼んでいます。大体十年おきぐらいにこの現象は起きているようで今年が20年目に当たります。
    穂高の前穂北尾根の「Sさん親子+女性」のパーティからU氏に救助連絡が入り急遽現地入りしました。結果として東邦航空のヘリのピックアップで収容され、何はあれホッとしました・・・現地で見・感じたことを書いてみます。
    長野県警豊科署の対応ーあまり期待していなかったのですが感心しました。(豊科警察に詣でするのは十何年ぶりでしょうか・・・私の先輩の死亡事故以来です)
    当初は、Sさんの件で動いた(上高地に10人入った)のですが、同時多発遭難でヘリ主体に切り替えたようです。東邦航空(中部山岳地帯の荷揚げなどを請け負っていますが、山岳事故の専門で吉尾さんの事故などでも活躍をしてもらっています)を全面的に信頼してました。
    「マスコミ」対応は完璧!!
    Sパーティは「中学一年生」が居ると言うことがあり、収容されるまではマスコミには明確にしないで押し通し、救助メンバーには「子供のことは伏せている」と明確にしマスコミ対応に注意を喚起してくれ、同行の女性のご両親にマスコミには「よくわからない」、「県警に聴いてくれるよう」との対応を指導してくれました。
    Sパーティーの状態
    北尾根五・六峰のコルから悪天候で撤退するときに六峰の下りを奥又側に間違って入り気がついてトラバースをしたが、雪の状態が悪く(女性が滑落する等アクシデントがありーザックが重い為?)割と安全なところで露営し、悪天候に捕まって、動けなくなった・・・ようです。
    本人たちの力量は私はよくわからないのですが、U氏が講習などで(S親子を)指導をしていたという関係はあります。
    下におろされた装備類を整理していて今回の遭難のポイントは「重さ」だなと思いました。三人パーティが食料を食いつぶして下山してきたのですが、それにしてはザックが「重い」とおもいました、ザックを開けて驚いたのは「シュラフ」が水浸しで凍っていました、此では冷蔵庫の中に体を入れているような状態です。「凍傷」の心配をしましたが幸いそれほど酷くなかったようです・・・「女の子」の装備が異常に重かったです。「北尾根」を登る装備?と言う物もあり・・・「ハイカー」の延長上の装備に近いと言ってよく、悪天候からの撤収ですからスピード命なのですがこの重さが致命的になったと思います。
    気がついた事を羅列します。
    ★全身用の「エアーマット」(一人分有り・他は普通のマットですー軽量化するとどうしても銀マットなってしまいますが、山行が長い場合は「エンソラマット」(注・)が良いようです嵩張りますがエアーマットより優れていると思います)は、定着ならともかくも重く嵩張りますし、結構パンクします。大きさは「全身用」の2/3で十分です。(もっとシビアになるとザックを轢いて終わりと言うこともありますが・・・)
    ☆三人ともゴチャゴチャしたザックで重い。(シンプルなザックが無くなっていると言うことがあるのですが・・・「人間工学に基づく」背負いやすいザックとか謳歌されていますが逆に重くなってしまいます)
    ★アウターウェアが今風の「重い物」で暖かいのだけど「ラッセルしたら暑くて、体を濡らします」、アンダーウェアがどんなに良くても悪天候の山行だとインナーウェアーがなかなか乾かないです「重ね着」の原則が大切だと思います。
    ☆エイト環とATCを併せて持っているetc.「軽量化?」。(二人)
    ★ナイフをナイフ用の「フォルダー」に入れていてザックに入れていた。「ナイフ」はホルダーなんかに入れずすぐ取り出せるように身に付ける事ェ大事だと思います。(一人)
    ☆夏山で、はやっている「簡易ビニール」水筒(一人)、3000mクラスの冬山では簡易ビニール水筒は開口部が狭いのですぐ氷ってしまうので「不適切」です。
    0.5Lのペットボトル(二人・ペットボトルの開口部が大きい物は割と使えますが・・・現在大きめの開口部のペットボトルはほとんど無くなっています)はどれも開口部が小さくすぐ凍りやすい。
    ★ 冬山用「暖かハット」(三人、その上に「ヘルメット」をつけていたようです)ヘルメットを使うので有れば「目出帽」で十分です。(あとはネックフリースを併用すれば便利ですね)
    ★ ☆フリース手袋(見かけは派手で暖かそうなのですが)が主体で毛糸ののは少なかった、ミトン等は皆無・・・。私も以前使ったことはあるのですがシルクの手袋などはあまり暖かくない・・・アウトドアーで使うには良いのですが冬山ではあまり使えないように思います。
    ★二人のシュラフカバーが「エントラント」の様な物(・)で此は中から蒸れます。ゴアテックスがベストなのですが、残りの一人はゴアテックスなのですが「モンベル」の裏地が起毛している物で一見暖かそうなのですが濡れると良くないです・・・ビバーグが上手くいかなかったようです。(最終的には雪洞ビバーグでしたが濡らさない工夫が大切ですね、長いとどうしても濡れてしまいますがチョト異常に濡れていました。)
    軽量化していればもっとスピードがあったと思います。「山」をやっていれば「イケイケスタイル」になりますし、単に登れればよいという形になりやすいのですが・・・「山岳会」が教育の場でなくなり、「パートナー」を求める場に成っているように感じます、又、「情報」が容易に手に入ります。いざ自分がやるときはイ{的な事柄が疎かになっているように感じます。「実践」と「理論」のパラレルな関係が無くなっているように感じます・・・でも三人は帰ってきました。此からです・・・
    年始に事故で亡くなられた方の冥福をお祈りします。
    以下(注)
    ・エンソラマット
    柔らかい発砲スチールの様な素材(エンソラ)を使ったマット
    ・シュラフカバーがエントラントの様な物 
    「エントラント」は通気性を作るのにアウターに塗る(コーキング)膜の一つです。その膜がエントラント(製品名)と言うものです。(膜には科学的に穴が空いています。ゴアの穴より小さいので通気性は悪いです。)シュラフカバーはゴアですね。

    第┃ 25┃回┃「C・C"昴"」創立(2001/3/28 )
    今度、山岳会"M"を退き、活動の場をサロン"昴"に移すことになりました。サロン"昴"は交流の場・学習の場にしていきたいと考えています。それの核として又、山岳保険未加入者等の受け皿としてC・C"昴"(クライミングクラブ"昴")を創設しました。東京都勤労者山岳連盟に加盟申請をしました。先週谷川の滝沢下部で雪崩にやられたのはアルパインガイドのKさんのパーティーで、幸い(生徒が)怪我ですんだようです。あれだけの経歴でも吉尾さんの例に漏れず「事故」は付き物ですね・・・

    第┃ 77┃回┃ 「謹賀新年」(2002/1/7) 
    ●正月早々に悲しい連絡が飛び込んできました。
    トーホーエアーレスキューの篠原秋彦さん(吉尾さんの時にもお世話になった東方航空のヘリのチーフ)が亡くなられました。報道では次の通りです。
    6日(日)午後0時30分頃北アルプス鹿島槍ヶ岳一ノ沢の頭(2000m)県警から依頼され、北九州市の4人パーティの救助中。作業中に姿が見えなくなり、30分後に約10m離れた地点でパイロットが発見。病院に運ばれたが、全身を強く打ってまもなく死亡。外傷性ショック死。4人を救助用ネット(モッコ)に収容し、一緒にヘリに吊り上げられたがその直後に転落したらしい。

    第┃ 78┃回┃ 「謹賀新年その1」(2002/1/8) 
    ●私自身正月早々にショックな事故に出会ってしまい、まだ立ち直れません。 
    3日に初めて城ケ崎にフリーの仲間といったのですが、なんと目の前で女性が墜落したのです。それもロワダウンで。(私:支点抜けでしょうか?ザイルの結び方のミスでしょうか?ビレー解除でビレーヤーがザイルを確保器から抜いた後「テンション」墜落でしょうか?幕岩の「スパイダーガール」で「テンション」墜落死された現場にいたことがあります。) 一時間後にヘリで運ばれました。命は取り留めたと思います。しばらく体の震えが止まらず仲間と帰って来てしまいました。それもこちらが前日途中まで残置したランナーで登ったり、次こちらもスタンバイしていたりで本当に周辺にいただけに全員がすごいショック状態になってしまったんです。 10m近かった。5日6日に、仲間との氷を予定していましたが中止しました・・・
    以下詳細
    もう忘れたいと思いながら、フリーをやっている人々にとっても当然関心事ですし、なぜ落ちたのかについて疑問が多いだけに吹っ切れないままに、お話しすることになると思います。私の仲間が、途中まで残置したランナーのルートに今日も取り付こうと行った時、男女ペアーが先に登らせて欲しいという申し出あり、男性が先に上り、次に女性が登って、その下降中に彼女は墜落したのです。彼女の上るのをずっと見ていたのですが、何も問題はなかったと記憶しています。 25mの終了点から下り始めたところで、私の仲間も靴をはくなど準備はじめ、、もう一人の仲間がビレイの準備に入って、彼女を見上げたとき、彼女の前に2本のロープが下りていてランナーを外したとき、一瞬にして墜落しました。ロープは、支点からハーネスにしっかり結ばれていて、ビレイヤーは唖然とするばかりでした。 私自身は、下降の後半には隣ルートの確保準備しようとしていた時で、おかしなロープ状態をみてなかったのですが、仲間は、大きくブイになっていたと言ってます。これはまずいなと思った瞬間、彼女がランナーを外してしまい墜落となったということです。
    フレ止のランナーとしか考えられないのですが。いづれにしても考えられないミスだと思いながら、下降中だったということに、より怖さがつのります。しばらく動かなかったのですが、ヘリを待つ場所に移動されるころは、気がついていましたが、少しでも軽症であって欲しいと祈らずにはいられません。初めて行った城ケ崎だけに、本当に残念でなりません。仲間と何回も原因を話しましたが、ビレイヤーが「彼女のロープが短かったのかなー」そして「セルフの取り直しでもしてるのかなーと思った」というはなしを聞きますと、上部一箇所取り忘れて、フレ止めをしたまま下降し、途中で気がついてそれを外したのかなーと思っています。
    少し冷静に話せるようになりましたが、まだ立ち直れていないのでその辺お察しください。  以上・・・城ケ崎の事故報告です。(H)

    第┃ 79┃回┃ 『事故』(2002/1/10) 
    ●正月『遭難』
    今年の正月『遭難』の同流山岳会の三輪氏の話がネットで流れていますので以下、引用します。
    同流の名前を出すと、非難ごうごうで大変なことになりそうですが、今回の事件について記述します。なお、これから記述する内容は、私の個人的な意見です。同流山岳会としての見解は、集会をそれほど開けないことや、事故を起こした当事者の気持ちの整理などもありますので、しばらく時間がかかると思います。私の立場:同流山岳会の会員になって22年。(24歳の時に入会して現在46歳です。)途中3年ほど代表を務めました。同流のホームページは私の名前で契約しております。最初は私の個人的なホームページで立ち上げたのですが、途中からプロバイダーに同流だけで契約しています。立ち上げてから5年ほど経っており、このうち3年間くらいは同流の会費からお金をもらっています。ということで、同流のホームページは同流の公式サイトといってよいと思います。去年の暮れからホームページの管理をしています。今年の正月合宿には、参加しなかったのですが、緊急連絡先を勤めました。この数年は、仕事の関係などもあり、集会も欠席気味で、山にもあまり行っていません。バリバリやっていたら、もう少し積極的な発言が出来ると思うのですが、、、ということで、同流山岳会の会員ではありますが、ちょっと身を引いた微妙な立場です。当事者といえば当事者のような気もするし、責任を取れ、といわれても、うーーーんとなってしまいます。等と書くと、非難ごうごうになりそうですが、正直いって難しい立場です。なお、長いことやっている割には、山の実力は全くたいしたことないです。
    事故について:
    (詳しい状況報告はまだ、当事者に会っていないので記述できないのですが、私の知る範囲で書きます。)事故?というには、私も実は疑問を持っています。最初、下山予定日の3日に、まだ肩の小屋に閉じ込められている、という報告がありました。4日の夜になって、肩の小屋の方から、横浜山岳会の人と一緒に救助要請してほしいという連絡がありました。そこで、横浜山岳会の人と協議した結果、遭難届を神岡警察署に出すことにしました。ちょっと、責任逃れになるのですが、この判断は同流の代表と横浜山岳会の方が相談して行っており、私はその報告を受け、会員に情報を流しました。この時点で、食料燃料とも数日分あること、けが人もいないことを把握しています。あとから考えれば、この時点で、少し待ってみたら、ということを肩の小屋に進言することは出来たかもしれません。しかし、この時点では、天候の回復がしばらく見込めないこと、新雪が沢山降っており、雪崩の危険もあり、予定日を過ぎていることもあり、遭難届(救助要請というべきかもしれません)を出すことについては、私としては、妥当だと思いました。また、目的地が、槍ヶ岳で、槍沢経由ですので、岐阜県警に出すのは自然だと思います。ヘリを出してもらう場合、岐阜と長野で金額が違うことについては、問題になってはじめてそういうことを聞いたことがあるな?と思った程度です。この時は、とにかく元気で帰って欲しいと念ずるばかりでした。それとともに、大喰岳西尾根なら、ヘリが飛べるくらい天気が良くなる前に、自力で下山したほうが良いのでは、とも思っていました。しかし、一度遭難届を出しているため、後は警備隊(警察署)の判断に任せることになりました。翌5日は、天気が悪いことと、他の遭難事件があったため、私どもの方は救援隊を4人現地に向かわせた程度です。そして、6日に無事下山し、現在に至っています。緊急連絡先であったため、4日の朝から6日かけて、電話応対に追われました。また、同流のホームページの掲示板に、好ましくない記述が増えてきたのと、ホームページ自体に個人のプライバシーに関する項目がありましたので、閉鎖して現在に至っています。ホームページに関しては、会のほうで協議した上で対応を決めようと考えています。
    今後について:私の希望としては、せっかく長くやってきたので、会は継続したいと思っています。そうすれば、山の仲間と又山に行くことも容易です。私自身はあまり活動できないことから、もう少し若い人中心に続けてくれたらと思います。しかし、他の山岳会の方に迷惑をかけているので、ちゃんとした説明をしないと、継続が難しいと感じており、存亡の危機に立たされていると、認識しています。山にあまり行っていない人間が発言するのも変なのですが、今回の事故の背景には、かなりの油断や判断の甘さがあったような気がしており、まずはそこを素直に反省して、今後事故を起こさないように立て直すことが必要かと思います。登山は、自然の厳しさにぎりぎりまで向かい合うスポーツだと思うので、安易にヘリを呼ぶのは許されません。しかし、世の中は進歩しており、肩の小屋から携帯で簡単に連絡できてしまう時代です。安易にヘリが使われる反面、これまでより、生存して帰る機会が増えていると思います。やはり、人命が第一だという観点から今後の対応を考えていくのが良いと思います。あまり、頭が整理できていないので、長々と書いてしまいました。是非、皆様のご意見をいただければと思います。@@@@@同流では、2年少し前に、2人を亡くしております。私の親友でした。ということで、今回、いろいろ非難はありますが、無事に帰ってきて、本当に良かったと思っています。(終わり)

    山岳会は「事故」結果から会員を守る「防波堤」の役割を果たさなければ成りません。私の考えですが、誤解を恐れずに言えば・・・たとえ、会員の判断が「甘くて」責められる状態であっても・・・それは現場としては「最良の判断だった」としてすべきですし、又、上記の文には「現場」を思う気持ちが良く現れています。会内部としてはこれから月日を費やして会員の中で消化していけばいいと思います。個人では「社会的」な非難に対応しきれないのは当たり前で・・・今、同流山岳会はその「社会的」圧力に、会員を守る「防波堤」の役割をしている「会」を運営しているメンバーがまいっていると言うことです・・・応援してあげたいと思います。、大切なのは会を潰すような事でなく、これを教訓に「会」の一層の発展と組織として会員のとしてのまとまりですし、「会員」の「山」への復帰です。

    第┃ 80┃回┃ 「小春日和」(2002/1/16) 
    ●正月『遭難』の同流山岳会の三輪氏の話についてネットで流れていますので以下、引用します。
    ・田中裕之@ぶなの会 です
    私も、友人から言われて横浜山岳会のHPを拝見しましたが、掲示板に溢れるあまりの言葉の暴力に暗澹たる思いでした。
    >> また、目的地が、槍ヶ岳で、槍沢経由ですので、岐阜県警に出すのは自然だと思います。
    どちらに要請するというような問題ではないのではないでしょうか。強いてどちらかと言うなら、登山計画書を提出している県警に連絡する方が、メンバーの把握などで警察との意思疎通に面倒がないのでしょうが、いずれにしても、とくに3県の警察(富山を入れて)はかなり連繋が進んでいて、どっちの県警に救助要請しても、出動可能な県警が助けにきてくれるようになっていると聞いています。どこに救助要請するべきかという問題は、そもそもありえないと思っています。
    >> ヘリを出してもらう場合、岐阜と長野で金額が違うことについては、問題になってはじめてそういうことを聞いたことがあるな?と思った程度です。
    これについては、全くありえません。もちろん、警察や消防のヘリと民間へりとでは、前者は費用を請求されませんが、他方は通常のチャーター料を請求されます(それでも、かなりオマケしてくれる)。しかし、どのヘリを出動させるかは、救助要請を受けた警察がいろんなヘリの運航状況や性能などを勘案して一方的に決めるだけです。警察や消防のヘリが来てくれるか(はたまた自衛隊のヘリが来てくれるか)、民間のヘリが来てくれるかは、来てみなければ分からないのが普通です(ちなみに、私の会では、警察にも消防にも自衛隊にも民間にも助けてもらったことがあります)。
    岐阜なら無料(県警ヘリが来てくれるから?)だと言ってみても、それはたまたま岐阜県警のヘリが出動可能な状況だったから県警へリが救助活動をしてくれたわけで、ヘリがほかに出払っていたり整備中だったりすれば、警察から出動要請された民間ヘリ来てくれたと思います。それは長野でもまったく同じはずです。
    なお、私の会は労山に加盟していて、労山が運営している遭対基金というのに全会員が加入しているのですが、民間ヘリ会社からの請求があればこの基金から全額給付されます(それも仮給付制度があるので、請求と同時に民間ヘリ会社に基金のお金で支払うことができます)。安易にヘリに頼るのは問題でしょうが、民間ヘリ救助の費用を賄えるだけの保険加入は必須装備だと認識しています。
    ・"昴"メールの同流の記事拝見しました。以下。
    (労山の遭対基金)山岳保険の担当者です。困ったり、悩んだりされました時に、ヘリを呼べる状況におりでしたら、呼ばれたほうがいいと思います。亡くなられましたら、保険は払われます。うちの山岳保険は、遺体の捜索費用もすべて補償されます。でも、無事にお帰りになられてこそ、山岳保険の意義が生きてきます。 労山遭対基金管理委員会  K

    第┃ 82┃回┃ 「小春日和?」(2002/1/31) 
    ●事故の報告をします。聞いた話で、現場に居たわけではありません。1月13日に、八ヶ岳の大同心の大滝で、起こりました。3人パティーで、トップが、落とした氷を受けてビレイヤーが、頭に怪我をしました。ラインは、右で、支点は、ラインの真下だったそうです。ヘルメットが、真っ二つに割れて頭から血を流し気を失ったそうです。鉱泉に、テントベースを張り登ったそうです。鉱泉に救助要請をして小屋の方が、2人で、交代で、おぶって降ろし堰堤に止めて有った車で、美濃戸口まで、下ろし救急車で、近くの病院に、搬送したそうです。請求は、1人4万円で、車代が、1万円で、9万円の請求が、来たそうです。
    ◎事故の原因として・・
    ◆ 支点の取った場所が、悪かったようです。(私:ビレーポイントはトップの上るラインを外しましょうね結構、事故があります。・・・氷りも岩と同じです。)
    ◆登った人は、大滝に初めて登ったそうです。
    ◆この日、美濃戸口に居たのですが、気温が、とても高く落氷が、多かったのでは?
    ◆幸いに、怪我は、大した事は、無く脳波の方も異常が、無かったようです。
    ◆落氷のシッョクをヘルメットが、割れる事によって吸収してくれたのでしょう。さらにヘルメットの下に、帽子を被っていたのが、良かったのでしょう。(私:知人はヘルメットが割れず首の頸骨が曲がってしまい、気づかず後で大変だった事ことがありました。割れてショック吸収キると言うことは大切です)
    ◆止血帯を持って居たのですが、小さい物で、役に立たなかったそうです。
    ◆女性の生理用のナプキンが、とても効果的だったそうです。事故怪我は、付き物ですが、細心の注意を払って楽しみましょう。byS (^。^)屮 

    第┃ 83┃回┃ 「山は豪雪です」(2002/2/7) 
    事故がありましたので、報告します。日曜日美濃戸口でトレーニングを始める前に落氷(又は落石)で、目の上の打撲・唇を切るアクシデントがありました。幸い軽傷でした。以下参加者の報告です。
    ●事故の報告をします。  
    不運としか言えない出来事が自分に降りかかってくるなんて・・信じられない出来事でした。すぐ病院に連れて行っていただき本当に有難うございました。左顔面の額とまぶたの上強打、唇が奥まできれて縫いました。またあごをうっています。地元の病院でレントゲンとCTをとり全く異常なしということでした。痛みは、見た目の腫れ状態の感じより痛くありません。あの出来事の状況を振り返りますと、上の支点から降りてきたロープを取りにいって、上を見上げながら10歩位もどったところで直撃でした。一番高い所からだとして10数m、一秒ぐらいでしょうか、当然落ちてくるのも私の視界には入っていません。激しい激突があって目の前が真っ暗になりり、一瞬何が起きたのか判りませんでした。本当に悲しい有様でした。自分の顔が見えなくても、あっという間に腫れあがっていくのが判りました。 皆さんに大変ご心配とご迷惑をおかけしましたことにお礼とお詫びを申しあげます。また近くにいらしたUさんとお友達は、すぐに駆けつけてくださり手当てをして下さって本当にお礼を申しあげたい。この様な不運な出来事が誰の上にもあって欲しくないと祈るばかりです。でも前日、奥深く大雪の中をラッセルをして氷探しにいって見つけた短くも、垂直の氷は、硬くて硬くて手ばかり打ってましたが、誰も登った後がないだけに新鮮な感じで、楽しかったでした。(゜o゜)が元に戻るかどうか少し不安です・・・・。がそれ以外は、元気です。(H)
    ●C.C"昴"の加盟している労山の保険(共済)はケガでも出ます。保険の担当者から以下の連絡を受けました。
    給付の対象となります。給付申請に必要な書類をお送りします。通院は3日以上が対象です。通院の領収書を保管しておいて下さい。--------労山遭対基金管理委員会  K

    第┃ 86┃回┃ 「山岳共済保険の更新時期」(2002/2/25) 
    C.C"昴"が加入している労山の山岳共済保険の更新時期が来ます。日山協(都岳連)の保険と異なり高度障害(片目失明等)でなくても海外・人工壁等のケガ・通院でもでます。新規に加入を希望される方はお知らせ下さい。一口、年間千円、岩・冬山をされる方は十口加入をお勧めします。

    第┃93┃回┃「一回目登山教室」2(2002/4/12) 
    ●遭対基金セミナーの報告(現在勉強中:資料有り)
    ・登山届出が前提(「個別の山行管理は所属団体の定めにより山行届出の提出によって行う」)
    ・「事故発生報告」届出は事故後30日以内に規模の大小を問わず提出(後遺症の問題)。
    ・「給付」は保険年度(有効期間中C.C"昴"は3月〆)中、1個人2件までしかできない。実際の給付請求は「事故発生報告」を前提に保険年度までにすればいい。(問題無ければ、診断書は要らないが領収書等は必要:コピー不可)
    ・人工壁の事故については「施設管理者の事故確認書」が義務づけられている。
    ・「ドア・ツー・ドア」の給付。(駅の階段・降車後の事故等含む)ただし「交通事故及び交通機関の事故」は対象外。
    ・スキー場の事故は給付対象(山スキー・スノーボードの練習ということで「山行届出」提出が前提です)
    ・継続して加入の場合「救助・捜索の補償」が1年度×10倍ずつUP最高400倍迄(初年度払込金額の300倍)

    第┃92┃回┃「一回目登山教室」(2002/4/3) 
    3月後半の連休にアルパインガイド協会の堀田さんが後立山の「赤岩尾根」で亡くなられました。今、山歩きをするのにストックを使用される方が多くなりましたが、かって宝剣岳で滑落し亡くなられたアルパインガイドの「笠松」氏と同様に氏も滑落をしたときにピッケルを手に持っていなかったため滑落を止めることが出来ず、亡くなられました。氏は「中高年の岩登り登山教室」を長年開催し特に三ツ峠がホームゲレンデでした。ご冥福をお祈りします。

    第┃ 95┃回┃「教室」・(2002/4/25)<長文> 
    ●遭対基金セミナーの報告の追加
    資料で奥多摩の「青梅警察署山岳救助隊」の作った「平成13年奥多摩山岳遭難救助活動状況一覧」を貰いました。発生件数は24件、1月・6月・12月以外は事故発生月で、ヘリは12機使用しています。つまり月一回はヘリが出動したという事です?! 出動延人数は158人、一件に7人位が動いた。結果として死亡3人・重軽傷15人・無事救出7人・行方不明1人。凄い数字ですね・・・


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■17 / 親記事)  「谷川岳」
□投稿者/ オジサン -(2002/04/17(Wed) 22:57:44)
    第┃7┃回┃「ガチャ」2(2000/11/28)
    ★ツエルトは大きめの物を持っていく。谷川岳「烏帽子奥壁のルート」は冬壁を志す人にとってはさけて通れない課題です。夏は中央稜・南稜→中央カンテ・変形チムニーと言う順番で難しくなりますが、アイゼンワークを体験すれば、アイゼンは真っ直ぐ攀るのに適していますが、横に行くのは難しい事が理解できます。南稜の夏で言うところのチムニーの上の3P目「・+」の逆くの字状に攀る箇所の為、冬は奥壁のルートの中で南稜を一番困難にしています。中央カンテは難しさが均等に続きます、変形チムニーの部分はピンを穿り出して人工で行けます。凹状は夏の核心部までルートファンリングが難しいです。どのルートを登っても快適なビバーグテラスに辿り着けるとは限りません・・・むしろ腰掛けるだけのビバーグの思い出しか残っていません、そんな時ツェルトを逆さまに使ってみてください(無論空気穴は縛ってくださいね)。底が上になるのですが袋状になるので楽です。

    第┃ 9┃回┃「谷川岳一の倉沢「中央稜」」(2000/12/ 4)
    *12月1〜2日に谷川岳一の倉沢「中央稜」に行ってきました。
    この時期は寒くなく登りやすいです。今年は例年以上に雪が少ないため取り付きまでは夏と同じラインでした。例年ですともう少し雪があるので、楽なのですがスラブ主体のテールリッジが悪いです。冬季初パーティの運命でずっとラッセルで「ショングリの滝」も高巻きます。この高巻きに帰りの事があるので(45mの)ザイルを残置して置きます。(昔残置した私のザイルはボロボロになってもまだ有りました。)のっけからザイルを着けて、スラブにアイゼンを軋ませながら、取り付きにやっと昼の12時に着きました。暗くなるのが早いですね4p登って座ったままビバーグとなりました。連れていった二人は「大男」でツェルトに私は入ることが出来ませんでした。幸い夜中にパラパラと降雪がある位で暖かかったのですが・・・同行者のサイズを良く考えなければいけないと一人納得しました。回りの景色は雪の薄明かりでよく見えます、暗く冷たく人間の存在を拒否しているようでした。吸い込まれそうな闇の中でたった三人しかいない・・・夏の騒雑が嘘のようです。新品のツェルトは(ヨーロッパ・アイガー北壁を登るときに使おうと思い買ったのですが)同行者のビバーグ地が悪くぶら下がってしまう状態のため重さで隅っこが破れてしまいました。翌日残りのピッチを登りブッシュ帯手前で終了とし、同ルートを懸垂下降し取り付きに戻りましたが、テールリッジも殆ど懸垂で降りました。「神々のトラバース」に春、残置した私のザイルはまだありました。中央稜基部から一の倉沢出会いまで4時間かかりました。暗い林道を、同行者は歩きながら「寝てしまう」事があったそうですが指導センターに夕方6時頃着いて長い二日が終わりました。
    *ビバーグをいかに楽にするのかは経験が必要ですが、誰でも出来る工夫は「マスク」をして寝ることです。シュラフの中に顔を入れて寝ると息で濡れてしまいます。マスクをすると濡れにくく暖かいです。

    第┃ 15┃回┃「谷川おじさん」(2000/12/19)
    日曜日、天神尾根経由で「谷川岳」に行ってきました。「谷川岳」という山はなく、「トマの耳」「沖の耳」総体を指しますが、途中「谷川おじさん」の二千回登頂達成に遭遇しました。すごいですね・・・記録を伸ばすために住まいも通いやすい所に転居したりしているようで・・・
    土曜日は、みぞれぽい荒れ模様の天気だったのですが、嘘のように晴れて風一つない穏やかな日で、大勢の登頂者で賑わっていました。
    谷川岳はその置かれた位置のためきわめて得意な気象状況になり「悪天候」が屡々有るために気象遭難が起こりやすいです。荒れやすい山の頂上に2千回・・・他の山ならいざ知らず「谷川岳」の2000回登頂は「すごい」です。昔のように悪天候が一週間続くと言うことはめったになくなりましたが(私自身1泊2日の予定で6泊7日閉じこめられたことがあります)・・・肩の小屋の広場は吹雪かれると迷います。ザイルが有れば一人を中心にザイルで円を描いて避難小屋か指導標を見つけます。指導標(鉄塔)に一人が立ちザイルの方向を指示しながら伸ばします。吹雪かれていると斜面と風に逆らうように歩いてしまうため方向が狂ってしまいます。西黒尾根の場合ザイルを二本つないで、さらに2P伸ばして、「懺悔」岩を見つけたら正規のルートです。後は迷う所は有りません。指導標は雷の影響で磁気を帯びていますので注意してください。・・・

    第┃ 24┃回┃「ひな祭」(2001/2 /27 )
    一年で一番攀るチャンスの三月が始まります。自分自身にネジを巻きましょう!!
    ☆春一番が吹いたら(二月下旬以降)移動高から眼をはなさない(滝沢第三スラブ91.3・幽の沢正面右95.3)
    ☆ 谷川岳のルンゼ登攀は雨のあと冷え込んだら最高の状態になります。(3月)

    第┃ 37┃回┃「夏が来る・・・」(2001/5/17)
    もうすぐ夏が来ます。みなさんどのようなプランお持ちでしょうか?夏の前に谷川岳の本チャンルートをトライしましょう!!(易しい所から難しいところまで自分の課題は探せば有ります。ただ、グレードで探して見てはいけません!!人があまり行かないルートはグレードが低くても難しいという事を理解してください。グレードが低いとピンは有りません、総合力がそれだけ必要になります。グレードが高くても人気ルートはピンがありルートも安定しているので総合力は少しですみます)
    秋に「谷川」を目標にしている人は、「春の谷川岳」が一年で一番アプローチが楽くで日が長い(明るい時間が長い)と言うことを心に留めてください。。特に、私の経験から言えば6月第一週は天気で登れなかったと言うことが有りません・・・出来れば休みを取って、秋の分まで登り込みたいですね。ただ、春先はピンや岩が緩んでいることが多いので、人工ルートは気を付けて。そして、落石が多いので他のどのパーティよりも早く取り付けば、落石からは安全です。(又は遅く取り付くかです。)
    6月中旬から7月前半まで天気は不安定ですからその時は天気をよく見てゲレンデか本チャンとしたら北岳バットレス・丸山・唐沢岳「幕岩」にアタックしてはいかがですか・・その為に今ゲレンデを登り込みましょう!!

    第┃ 40┃回┃≪  谷川の課題   ≫  (2001/6/6)
    6月2日(土)一ノ倉 中央カンテに登りました。 お天気は、時々パラつきましたが、いい一日でした。数年振りの谷川で、雪渓を登っているとき、かなり緊張していました。本チャンとなれば、
      ・ 自分が安全にしっかり登ることはもちろんのこと、
      ・ 仲間との連携プレーを上手くやらなくてはいけない、そして
      ・ 落石を起こしてはいけない
    などと思いながらテールリッジを登りました。その間堪えず安全に登れるよう足の置き場所にもNさんの指示を戴きました。岩は、思っていた以上にグズグズで、触ってグラリというのがいくつもあり確認を怠ることができませんでした。 また先行の人からのそういった忠告は本当に有り難く思いました。快適なところもあり、正直コエー!! という個所もあり、Nさん、トップのロープが15分位動かなかった所は、まさにそれでした。私のこの度の課題は、懸垂下降で何回も出てきて、何回も忠告を受けました。
    ・ 下降して着地して直ちに自己ビレイをとる前に、少しロープを緩めようとする   
    ・ 自己ビレイのとり方で、支点のシュリンゲへのかけ方がしっかり確認できていない
    ・ 支点にかけるときは、ロープの下からかける
    ・ 懸垂下降時のエイト環の使い方がスムーズでない(実際エイト環を落としています。)
    ・ 懸垂下降時の安全確認、ハーネスにつけている環つきビナの閉め忘れなど
    ・ 懸垂のロープの結び目は、下側になるように
    どれも完璧に身についていないとわかりました。登れても、下ることの難しさが身にしみました。下降中、頼りない支点個所で、Nさんがその場でボルトをうち、手持ちのシュリンゲで支点を作って下降した時、いろいろな技術をもっていなければならないことの大切さを痛感しました。またそういった時に必要な様々なもの(シュリンゲの長さ、太さも)をも持ち合わせることの大切さも知りました。私などは、ただボーとしているだけで何の役にも立たない状態でした。
    今回、事故があって頭上を県警へりが飛び交い、三人もの人が吊り上げられていったり、南稜を下降中に、真下の雪渓の大雪崩があり、そのすさまじさに震えました。
    全体に、前回来たときには怖さも知らず、快適な印象だけでしたが、今回は、いろいろなところでなぜか怖さを感じた谷川でした。 H記

    第┃ 48┃回┃「夏山シーズン」本番です(2001/7/30)
    梅雨明け10日間は天気が安定すると言うことで「登山」に最適と言われてきました。それでおおむね「夏山合宿」は(例年の梅雨開け日は7月20日頃なので)8月1日頃に行われるのがベストですね。でも社会人だとどうしても会社の「盆休み」に当たる8月15日辺りにならざるえないのですが、この頃は天気も不安定で山も混みます。天気の安定しているときにチャンスを掴んで攀るようにしましょう。

    7月29日谷川岳「中央稜」北稜下降〜衝立前沢〜出合に行って来ました。「ショングリの滝」はまだ出ていなく・・・七月の終わりで雪渓が割れていないなんて、記憶にないです。しばらく割れる気配がありません・・・。割れるとアプローチが大変ですね。テールリッジの「神々のトラバース」に去年張ったザ
    イルは一部切れて3m位ブランクになっていました。北稜は慣れていれば中央稜を降りるよりも快適ですね。先週の谷川岳は雷雨で「鉄砲水」が出て出合のテントが流されたそうです。不安定な天気には呉々も注意。

    前日の日も攀る予定でしたが前夜の雨、夜明けの雨で中止しました。マチガ沢の出合にある「マムシ岩」でスラブ登りとクラックをトレーニングしました。
    何年ぶりなのでしょうか十年?ぶりかもしれませんハング帯をリードしましたがなかなかのっこしできず苦労しました。昔の人は此をドタ靴で登っていたのだからすごいですね。
    そんな昔の人たちが集まり「グループ山想」という団体ができています。(東京都山岳連盟に加盟しています)通称「G山想」でその名の通り母胎は「緑山岳会」です。
    緑山岳会から様々な会が生まれました。稜峰会・G登攀クラブ・・・アルピニズムを実践していた人たちが年に一度、「谷川」に集まろうと様々な人たちに呼びかけ本年は7月29日の日曜日に集中登山を行いました。29日は集中登山の岩場の方の「警備」「事故対策」も頼まれていました。

    マムシ岩で「マムシ」に出合い、(もう少しで落ちそうになりました・・・)丹沢の沢登り「小川谷廊下」では大量の蛙に会いあげくの果ては蛙を口にくわえた状態の蛇に会いました。今年は異常気象ですね・・・

    第┃ 50┃回┃「秋の予定」(2001/ 8/24)
    いわゆる谷川岳は説明はいらないと思います。10月中旬以降は入山を控えましょう。みぞれでやられることがありますので天気には要注意です。

    第┃ 54┃回┃10-11月の予定(2001/9/23)     
    9月22日「富士山」が白くなったそうです・・・ここ2・3日朝晩が寒いですね・・・いよいよ冬が始まります。冬壁を一本落とすというのは大変です(私自身は初めての谷川岳烏帽子奥壁の冬壁は「凹状」です、冬壁を初めてから5年位掛かっていますその後「南陵」「中央カンテ」「変形チムニー」「正面ルンゼダイレクト」「中央稜」と経験しています)・・・冬山には「アイゼンワーク」は欠かせません。一度じっくりやってみませんか。

    第┃ 61┃回┃ 「冬の足音」その3(2001/11/7) 
    11月3日土曜日は谷川岳でも雪が降り、上越は「冬景色」だそうです。

    第┃ 86┃回┃ 「山岳共済保険の更新時期」(2002/2/25) 
    ●谷川岳登山条例に基づく届出について
    谷川岳の「危険区域」の登山届出は遭難防止条例で「登山規制」がしかれています。
    > 以前、どこかで谷川岳登山条例に基づく届出がFAXで指導センターまでに2日前迄にすればOKというような記載を見たのですが、本当でしょうか?
    登山条例の対象は(12月から2月までを除いて)「3月」からになります。届出を(原則10日前まで提出し)2通提出すると受理印を押して、一通が戻って来るという事で携帯を義務づけられます(提示を求められると提示する義務があるとなっています)・・・。
    3月の条例適用日開始など微妙なことがある場合や、やむをえず(10日前まで提出に)間に合わない等の場合、登山者の利便を図って「FAX」を受けてくれるようです。(あくまでも運用です)ただし、「2日前迄」という事でなく出来るだけ早めにと言うことです。折り返し、提出者への「受理」の「FAX」が来ます。センターの電話0278723688がそのまま「FAX」ナンバーになります。

    > 岳連加盟者のみの特権制度(?)に関連するものなのでしょうか??
    遭難防止条例制定時、当時の日本山岳協会と群馬県の担当者で話し合いをして、日山協加盟団体については入山当日(会の承認の会印を押した登山届出書)を出せば受け付けると言う事にしました。上記(岳蓮加盟者以外の届出のFAX受理)のことは天気など不確定な要素があり、「十日」前までに提出できないこともあり得るという好意的な事での受理なので、出来るだけ早めに出す事に努めたいですね。

    > 直前の日程変更(悪天などで順延)の場合の手続きはどのようにされていますか?
    不条理な規制条例ですが、担当の方々も規制が目的でないという対応ですし、目的は事故の防止です。「登山届出」に関わる事については、センターに、電話で相談してみるのが良いと思います。

    ●谷川岳登山条例に基づく届出について「グループ山想」からメールいただきました。
    FAXで2日前云々は一昨年の「グループ山想」谷川集中前に、集中の際は不確定要素が多く、センターと話し合って最悪の場合はFAXで2日前なら大丈夫、と言う確約を貰いました。 「グループ山想」集中参加者にはその旨のニュースを流しましたが、それが他に流れたのでしょうか?(私:流れて、現在一般的にそういう処理がされるようになったという事のようです)

    第┃ 89┃回┃「3月」冬も終わり(2002/3/17) 
    17日谷川に行きましたが本谷を詰めるも、「本谷」が割れていて渡れず帰ってきました。雪は落ち着いていましたが、そろそろ底雪崩のシーズンですね・・・

    第┃ 91┃回┃「登山教室2」(2002/3/22) 
    3月17日に谷川に行き「敗退」しました。2月に広い範囲で「雨」が降り、千波の滝が登れなくなったという事態の中で、谷川の氷が発達する予感がしました。(ルンゼも落ち着くし)・・・そうした中、烏帽子奥壁の「大氷柱」が登られ・・・「自分が登っていないルート」へのクライミングの意欲が押さえようもなくなり、Oさんに同行をお願いして、アルパインの経験のあるKを誘って一の倉沢「六ルンゼ」を計画しました。出発前日まで、Oさんから連絡がなく(越沢バットレスに行ってた様です)、連日の深夜にまで至る「残業」でよれていましたが何とか二人で指導センターにたどり着き、明け方3時にセンターを出る時に夜中(午前0時頃)から行動をし、「5ルンゼ」を敗退し戻ってきた知人に色々情報を貰いました、出合は一の倉尾根からの底雪崩でデブリの山のようになっていました。明るくなる頃に滝沢下部辺りまで登り、目指すルートを確認することが出来ました。手こずるなと言う第一印象で・・・本谷が割れていてスノブリッジの一番狭いところが2m位で両側に亀裂が入っていました。
    頭の中で、ルートを登る装備・ルート敗退時の下降ライン、ルートの変更時の予想事態、天気は下り坂・・・気温が高すぎる事、翌日の仕事。リスクを背負う気力が無くなり、敗退する事としました。一の倉からの戻り道、パトナーとの信頼関係を凄く考えてしまいました。
    登山教室でパトナーを育てるという事をメインに私は関わりたいと思います。
    教室の方も間をあけず、短い期間に集中的に登り込むことで自分が何年もかかった事を効率よく学んで貰えると思います。

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■18 / 親記事)  ゴールデンウィーク「硫黄尾根」
□投稿者/ オジサン -(2002/04/17(Wed) 23:29:05)
    第┃ 33┃回┃「ゴールデンウィーク」報告3(2001/5/10 )
    ▲2001年4月27日〜5月1日「硫黄尾根」
    今回のGW前半を硫黄尾根に決めたのは、22日。「この冬の北鎌の経験を基に取り組める」と言うアドバイスと、硫黄は私自身の行ってみたいルートの一つだったから。
    4月27日(金) 新宿発23時50分 信濃大町行き急行アルプス
    4月28日(土) 第1日目 高瀬ダム〜小次郎沢のコル
    高瀬ダムでタクシーを降りる。(今年から、4月中のGWにもタクシーが高瀬まで入れるようになったとのこと。)超軽量の靴で歩き出す。7時ごろか。北鎌は、P2基部を目指して七倉からプラブーツでタカタカ歩いた。今回は、手に入った記録から、何とかP4・5の間まではと考えて、会話をしながら歩くには少し早めのテンポで進んだ。運動靴で雪の斜面など出てくると、滑るという先入観から及び腰になる。足の運びが一本のラインになっていると指摘される。アイゼンの爪を引っ掛けやすい原因だ。湯俣で硫黄臭を確認してから、水俣川にかかる吊橋を渡る。北鎌の時に、最初に出てきた渡渉点の上をトラバースする。悪いのでしっかり足を置きながら進む。(北鎌のときは、Tさんが行きかけてやめたルートだ。)しばらく進んで、右手に熊笹の中に、道あり。赤布も見える。ここで、北鎌と離れていく。急登を少し行くと尾根に出る。雪。プラブーツに変える。急登で足を滑らせる。こんな所で!!
    クサッタ雪がなんとも歩きにくい。寒かろうが固くしまったアイゼンのばっちり効く雪のほうがどんなに歩きやすいか。へたくそなルートファインディングでとりあえず進むが、調子が出ない、というより調子が悪い。どうやら、2日間の睡眠不足(かなり)が効いているようだ。まずい。一向にペースは上がらず、緊張感までうせていきそうだ。危ない。懸垂の支点が出てくる。落石に注意しながら降りる。必要のないところでザイルをもらい(あの不調からすれば仕方ないと思う)、ちょっとショックだったりしながら、小次郎沢のコルまで到着。4時半。
    硫黄岳前衛峰群(P1〜6)は越えた。テントの中で、ろうそくを使うのはめったにない。初めて使った、タブキャンドルがなかなか面白い。紙縒りを作って芯にして、炎を2本立てにしてみたり・・・。水分をたくさん取る。いつもの通で必要分の飲み物を用意したが全く足りない。香りがするかな?程度に薄くなった飲み物を口にすることになる。
    4月29日(日)第2日目 小次郎沢のコル〜中山沢のコル?時発。硫黄岳を踏み、硫黄台地で一本取る。ここから、北鎌と平行する。雷鳥ルンゼは懸垂で下る。一本下ったところから、硫黄の特徴、脆い岩稜の始まりだ。赤岳ジャンダルム群に入ってからだったか、岩をホールドにしながらトラバースしていたとき、左手の岩もろとも引き離された。それでも留まろうとする私の身体は、お腹にパンチを食らったような体勢をとってトンと落ちた、お尻の右の骨が雪から出ていた岩の上に。その後、数メートル雪面を滑り、止めてもらった。ピッケルのリストバンドが抜けるが、すぐ下で止まってくれた。クサッタ雪に感謝しなきゃかな。なんだか、まるで初心者みたいな気分に、ちょっぴり情けないものを感じながら、トラバースする。その後、捨て縄を2・3箇所で使いながら懸垂を繰り返す。一ヶ所、荒縄らしきものが残っている支点あり。時代の流れをひしひしと感じた。誰が使った縄なんだろう。(・・・冠松次郎・・・。)岩稜では、岩を確かめながら行く。朝のようなことはしたくない。あのときだって確かめたつもりだったのに。P7を巻いたところで…左足をクサッタ雪に取られかけた。体が半身になった。右足と右手が効いていたから良かったが。ノーザイルだったから怖かった。不用意に動けなくて、手をかしてもらった。左足が利き足で、それを支点にしての右足の蹴りこみはいいが、逆は弱い。かなり意識しておかないと危険だ。ぽつりと落ちてくるものがある。P8を2回懸垂で降りたところが、中山沢のコル。5時半。今日のビバーク地。ザイルを使うことも多く、ガレ場の降りにも時間がかかり、目指した白樺台地には届かなかった。最後の懸垂では、若干支点が弱いのでクライムダウン調にして、確保器は使わない。(今回小さなエイト環を持っていない私は、軽さを取ってATCにした。)カラビナを2枚使って制動を効かせる方法を教えてもらう。霙がツエルトを叩く。冷え込んできた。
    4月30日 第3日目 中山沢のコル〜白樺台地を越えた地点霙は雨に変わって一晩降り続いた。辛うじてFMしか入らないラジオは当てにならず、雲行きをうかがう。かなり小ぶりになったところで、行動開始。11時。テント撤収し終わるころには、あがるが、視界が悪い。雪で「く」の字に書かれたルンゼを登る。赤岳一峰から見えない二峰を目指す。今回のルート第二の核心部。だが、一つの資料によれば、「多少難しいところもあるがザイルを必要とするほどではない。」とある。それにしては、かなりきわどいルートに出くわす。岩稜と岩稜の間を落石たちがうまくうめてできた、細い橋を渡る。空中綱渡りの気分。橋通過後に出てきたのは、アイゼンの爪さえ置くところのないスラブ。岩の上のリッジに手をかけカニになる。しばらく降りるが、ルートに??マークがついてくる。一峰に登り返し、地図とコンパスで確認。どうやら、尾根を違えていたらしい。二峰は、南西の方角だ。少し進むと、アイゼンの爪の傷が岩に見られる。OKだ。懸垂の支点も出てきた。二・三・四・五峰を越え岩稜が終わると、白樺が顔を出す。白樺台地も近いらしい。雪壁をトラバースしていると、下のほうに頭に赤い飾りをつけたきれいな雷鳥がつがいで歩いている。飛び立っていく姿も美しい。平坦な雪原に出た、白樺台地。ややのぼりのきつい雪稜を進むうちにガスがきれ、正月の北鎌が、槍の穂が一層身近になって現れた。?時半。ころあいの良いビバーク地にスコップを立てる。ここから、硫黄岳からの軌跡を追うことができる。ホワイトアウトの中の行動がこの視界の中でつながった。なんだか、やたらと嬉しい。あんな岩稜だったのか、あんなやせた雪稜だったのか!!!いくら見ていても飽きない。硫黄尾根は、終わった。クサッタ雪にプラブーツの中に入り込まれ靴下を濡らされる。装備の一つに「新聞紙」があった。これが、吸水性抜群。使い慣れない私は、どうしても「直火」に頼ってしまいがちだが、Nさんは、さすが。濡れた新聞紙をまるで、海苔でもあぶるように乾かしては、再利用する。
    5月1日 第四日目 白樺台地上部〜上高地・・・新宿
    久々に御来光を見た。淡い太陽。これが春の朝の陽なのか。穏やかだ。??時、西鎌尾根から肩の小屋へ向かう。肩の小屋からの雪壁にきれいな二本のシュプールが描かれている。なんてリズミカルな息の合ったスキーヤー達なんだろう。山スキーの爽快感を思い出す。オコジョ??身体に縦に太い縞を三本くらい走らせた小さい生き物発見。リスを一回り大きく、且つ四角っぽくした感じ。岩稜と雪壁を身体に取り込んでるの?いつか、純白の君にも会いたいものだ。肩の小屋11時着。休憩後、一気に下る。もう、惰力走行だ。傾斜があるうちは良かったが、横尾からの平坦な道は自力で歩かないと進まない。まだまだ、修行が足りません。
    下山して
    今回、名目上「リーダー」として、山行計画・装備表を作成した。地図上に、ルートを落とす作業もしてみた。例によって山行準備は、慌しく進められ不十分だったが、「自分で」考えることがいつもより多かった分だけ、勉強になった。優しい部分は、先を歩かせてもらった。(初日は別)どうかな・・・という部分も、トップで歩くことに挑戦してみたい気もする。たくさんの経験の中でルートを読む力もつくだろうから。山行前に地図をぎっちり頭に入れて、山行には地図を持っていかない人を知っている。持っていかないことを真似できないが、それくらい、地図を読んでおきたいと思った。左右のキック力の違い・・・左の弱さを、承知してけりこまないと。クサッタ雪の難しさが、身にしみた。硫黄>北鎌という式を実感した山行だった。 

    1、装備と活用について{*反省と問題意識の纏め}
    (1)時計の電池切れに新宿で気付く{×失敗}
    (2)ラジオの感度{×が良くなくてあまり使えなかった}
    (3)クサッタ雪でも靴の中・ズボンのすそを濡らさない工夫はないものか。
      {*スパッツは付けるが雨具下を付ける程の必要がない場合結果として裾が濡れてしまうので}
    ・ 濡れた靴下を嫌がらず履き、夜乾いたもので快適に休む。{*一度濡らすと乾かすのが難しい。睡眠時は濡れた靴下だと最悪なので・・・実感しました}
    ・ 冬山でもゾウ足を持たないことが多いが、あればいいなと思った。{*私は冬はゾウ足は替えの靴下と同じく必須です・・・凍傷しているので尚更なのですが}
    (4)新聞紙の活用{*天気が崩れる場合は必須と実感}
    (5)水分を多く摂る
       ・喉の渇きとは別に体内の水分は不足してくる。
    (6)ろうそくはいい。
    ・ 何と言っても、炎の温かみがいい。定着型以外は、ランタン持たずにろうそくとヘッ電で済ます。      
    ・ ぺツルの新型は有効。{*長時間使用可・軽量}
    (7)予想以上に捨て縄使用
    ・ 不足ではなかったが+αあったほうが安心
     {*一人今回は長い物×2・短い物3でしたが・・・私は短い物×5。終わって手元に残ったのは長短3}
    ・ シュリンゲを作るときの長さ調節が不十分{*長い物の長さは短い物×2にするべきでしたが中途半端な長さの物を使用したので}
    (8)確保器
    ・ 本ちゃんでのATCは、「役に立たない」{*と指導を受けました。}
    (9)ティッシュとロールペーパー
    ・ ロールの方はまだしも、ティッシュは長く残り、自然の中には残して置きたくないものとのこと。
    ・ 労山の「高所登山学校」の参加したとき、使用後ライターで燃やす方法をとった。日本の山でもそれが一番かな?{*ティッシュは丈夫で、分解しにくいので環境庁や自然保護団体は山では使用しないよう呼びかけています。ロールペパーは分解しやすいそうです。持ち帰りが一番良いのですが・・・ウーン難
    しいですね。アラスカでは環境レインジャーが燃えた灰が環境を破壊するので燃やすなと指導しています。どうしても破棄せざる得ないのならクレパスに放り込めと指導していました。}
    (10)アプローチの靴
    ・ Nさん、アプローチでのぬかるみまで予測しての選択・・・納得。私のように普通の靴では雪に対して及び腰になる場合、家からプラブーツという冬のパターンがいいのかな。{*崩れた道や無雪期は運動靴の方が歩きやすいしアプローチで運動靴を使用するというのは楽ですね。ただ、軽さを選ぶあまり運動靴の靴底のタイプに無頓着だとまずいです。滑りにくい物を選びましょう。又、滑りやすくなった物は破棄しましょう。プラスチックの靴は蒸れます出来るだけアプローチで湿らさない工夫が必要です、冬の時は私は捨てても良い綿靴下を履いて、登山口の駅で毛の靴下に履き替えて綿を捨てています}
    (11)水筒
     ・最近、ペットボトルの飲み物を直前に購入しそのまま水筒にする。今回たまたま「エビアンの水」弱いボトルで、扱い注意物だった。
    (13)ハーケン
     ・Nさん愛用の優れもの「ICI/クロモリスパイラルハーケン」が活躍してた。
    技術・・・
     (1)クサッタ雪
     (2)脆い岩
     (3)ルートファインディング
       ・トップは、支点を見つけながら行動することも大切。
     (4)ガレ場の歩き方・足の運び
     (5)ザイルワーク
       ・歩くのと登るのに夢中で、その後のザイル操作につながらない。一連の動きになるように身に付けたい。
     (6)テント設営
       ・Nさん、即行動。私はと言えば、雪を踏むのも億劫なくらい・・。一日の行動で疲れていても、テント設営まで行動の内にいつでも入れておかないと。
     (7)精神面
       ・完全にNさんに依存して行動していました。名目上の「リーダー」さえもどこかへ吹っ飛んでいました。私の目標が「山での自立」だと言うのに!!
     (8)ルート研究と読図
     (9)アプローチから下山までの体力
    感動・・・
     (1)残置シュリンゲ
     (2)硫黄尾根の全体像を見たとき{*白樺台地の上部でビバーグ体制に入るときやっとホアイトアウトが切れ後を振り返れば歩いてきた尾根が見えた}
     (3)私にとっての「ビッグルート」の完結
       ・ルートの長さ、岩稜の脆さ、連続した前衛峰群の迫力。
        北鎌とは平行している兄弟のようなルートなのに、その個性たるや全く別のものがあった。硫黄には硫黄の自己主張があった。その主張を私はまだ、受けとめきれない。最後に、この後の山の目標を持ちたい。  K

    ▲私
    入山日素足で運動靴を履いていたら寒さに強いと誤解を受けた・・・ただ靴下を履くと濡れるのが分かっていただけだったのに・・・水俣川にかかる吊橋を渡ってからの道が崩れていて年々悪くなっている・・・今回デジカメを持っていったのだけれども出発前夜バッテリーを換えたのだけれども使用時バッテリィ不足の表示で使えずじまい・・・悲しい。三日目のホアイトアウト状態にはまいった視界10mで迷ってしまい。パトナーに白い目で見られてしまい助けてもらいました。

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